のりおの声

2013年12月

 早いもので今年も余すところ一か月を切りました。9月末に外務副大臣に就任して以来、おかげ様で毎日忙しい日々を送らせていただいています。
 政権交代以降、間もなく一年になろうとしていますが、経済の動きは一年前と比べると、少なくとも株価や為替に関する限りでは大きく様変わりしました。
 本当の意味で日本の景気が回復したのかどうかは、いろんな意見があろうかと思います。師走に入っても、街の賑わいはこれまでとそう変わらないようにも見えますし、地元で話を聞いてもまだまだ景気回復の実感はないと言うのが実情のようです。いつも申し上げていますが、日本の経済をもう一度持続的な成長過程に戻そうとするのなら、一時的でない国内での消費、需要創出が必要だと思います。これは、これから、特に消費税増税後の大きな課題になってくるのではないでしょうか。
 現在の仕事の関係で言うと、外交も大きな節目を迎えることになるかもしれません。中国とは一時少し関係が好転しそうな気配もありましたが、例の防空識別圏の設定によって、また大きく緊張の度合いが高まってしまいました。これに影響されて、韓国も従来の防空識別圏を拡大してきました。一種の連鎖反応と言ってもいいかもしれません。この中国の防空識別圏の設定に関しては、やはり関係国が一致結束して対応することが重要なのだと思いますが、民間航空機の運航に関して対応の足並みが乱れたことは残念でなりません。このことが結果として歓迎すべかざる事態を招かなければいいのですが。少し心配しています。
 それから、経済の分野でもTPP交渉が結局年内妥結に至らず、継続協議になりました。予想されたこととは言え、こうした多国間の交渉はお互いに少しずつ譲歩をしなければ、まとまるものもまとまりません。それに先立って行われた世界貿易機関(WTO)の閣僚会議に出席しましたが、こちらは160か国も参加しての会議で、決裂ぎりぎりのところで部分合意が図られました。もともとが世界経済のブロック化を防ぎ、共通の世界貿ルールを作ろうということで出来た組織ですが、世界の潮流はそれとは逆の方向に動こうとしています。もう一度原点に立ち返って、結局世界に平和と繁栄をもたらすために何をしなければいけないのかを考え直す時期に来ているのかもしれません。
 最後に、南アフリカのマンデラ元大統領が逝去されました。彼が示した寛容と和解の精神が、いかに大きな希望と、そして平和をもたらしたか、我々はこの機会にもう一度思い起こす必要があるのかもしれません。
 心から冥福を祈りたいと思います。
 良いお年をお迎えください。

2013年11月

 外務副大臣に就任して一か月が経ちました。海外出張はまだ一回(サイバー空間に関する国際会議に出席するため韓国に行きました)だけですが、久しぶりの霞が関での仕事に毎日忙しい日々を送っています。役所からの仕事の説明は一通り終わったのですが、海外から訪ねてこられる各国要人との面談や、国会対応など次から次へと案件が出てきて、まるでモグラ叩きをやっているようで、我ながら少し落ち着きのない仕事ぶりだなあと、この一か月を振り返って少々反省しているところです。
 ときおり、机の上にある世界地図を広げてみるのですが、世界には本当に多くの国があります。外交というのは国と国との付き合いです。相手の国をどう見るかというのも重要ですが、こちらが相手から、ひいては国際社会からどう見られるかということの方がより重要なのではないでしょうか。
 もう一つ、国と国との関係と言っても、結局最後は人と人との関係に行き着いてしまいます。国家の関係は人間関係だと言ってもいいかもしれません。
 日本は四方を海に囲まれた島国です。地続きの国と違って、容易に国境を越えて他の国と行き来することができません。国際的な感覚を養おうと思えば、自分から進んで外に出ていく、あるいは少なくともそういう意欲を持たなければ、どうしてもこの居心地のいい、自然に恵まれた日本という枠を超えようとは思わないのではないでしょうか。
 これだけ国際化が叫ばれ、また現に進行している中で、逆に日本人は益々内に閉じこもろうとしているような気がして仕方ありません。
 海外に企業はたくさん進出していますが、海外勤務は人気がないと言われますし、留学生の数は年々減少しています。私たちの若い時より、いわゆる帰国子女の数ははるかに増えているはずなのに、また現に若い人で本当に外国語の上手な人の数も増えていると思うのですが、不思議な現象だと思わざるを得ません。
 外国を知らないから、せめて一生に一度は海外で勉強したり生活してみたい、と思っていたのは、日本がまだ貧しかったからなのでしょうか。今では、わざわざ外国に行って苦労しなくても、あるいはもう既に海外の事情は分かってしまっていて特段の興味を引かなくなってしまったのでしょうか。
 この国が豊かになって、外国に大きな魅力を感じなくなってしまったのかもしれません。しかし、世界には多くの国があります。もっともっと視界を広げて、より多くの国、より多くの人と交流を深めていく。極端に単純化して言えば、この国が世界で存在感を示すためにはそれしかないのではないでしょうか。
 外務副大臣として一か月経った今の私の正直な感想です。

2013年10月

 遅くなりましたが、9月30日付けで外務副大臣を命ぜられ、過日着任いたしました。
 また、伊勢神宮では内宮、外宮両宮の遷御の儀も滞りなく終了し、私も10月2日の内宮の儀式に参列させていただきました。伊勢で生まれ、伊勢で育ったにもかかわらず、高校を卒業してから伊勢を離れていたものですから、今回恥ずかしながら、初めて遷御の儀を体験させていただきました。
 1300年間営々と続けられてきたこの儀式がクライマックスを迎えた時、闇の中で、かすかな松明の光だけがほの揺れて、一陣の風がさっと吹き渡ったのを感じたのは私だけだったでしょうか。自然に頭が下がりました。この次のご遷宮に立ち会えるかどうかは分かりません。ただただ感謝の一言でした。
 さて、外務省では、地域としてはアジア大洋州、アフリカ、機能局別では経済、国際協力、地球規模課題、国際法を担当することになりました。
 現在の日本を取り巻く外交環境は決して楽観できるものではありません。韓国や中国との関係はもちろんですが、その他の国もこれからの日本の外交姿勢を注視していると思います。もちろん、経済の面でアベノミクスの今後の展開や財政再建がどうなっていくのかも大きな関心事だと思いますが、安全保障や同盟関係への対応も実は転機を迎えようとしていると言ってよいと思います。
 特に、韓国、中国との関係はなかなか事態打開の糸口が見いだせない状況にありますが、どちらの国も日本にとって、また両国にとっても日本は切っても切れない関係の重要な隣国です。これまで、長い時間をかけて先人が苦労しながら積み上げてきた努力の結果、どちらの国ともここまで関係を深めてきたわけですから、現在の若干ぎくしゃくした状況は必ず乗り越えられると確信しています。
 様々な分野で重層的な関係を深めていきながら、どれか一つの分野で軋轢が生じたとしても、全体から見ればその分野のウェートを相対的に低くしていく状況を作り出さないといけないのかもしれません。
 これは簡単な仕事ではないかもしれませんが、将来に向かっての大局的判断を間違えなければ、必ず可能なことだと思います。少し時間はかかるかもしれませんが、お互いに大人になって冷静に対処していきたいものです。
 与えられた職責を全力で果たしていきたいと思います。引き続き、ご理解とご支援をお願いいたします。

2013年9月

 9月に入っても、まだまだ暑い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。
 私はと言うと、8月の18日から31日まで、南米とアフリカを回ってきました。アルゼンチンからパラグアイ経由でブラジル、そしてアフリカに飛んでボツワナとモザンビークを訪れました。
 主たる目的はAU(アフリカ連合)議連の関係で、アフリカでの今後の日本の協力のあり方と民間の資源開発等の現場をこの目で見ることでした。
 南米に寄ったのは、40年前に日本がブラジルに協力して開発したセラードの農業の現状を見るためです。ここは、1972年に、当時アメリカで大旱魃があり、米国が自国の大豆の禁輸措置を取ったために、日本では味噌、醤油、豆腐の原料や家畜の飼料の確保に大恐慌を来したことがあり、食糧の調達先を多様化しなければならないとの観点から開発が進められたプロジェクトです。
 私たちは、そのうちの一人の入植者の方の農場を訪ねたのですが、耕作面積は820ヘクタール(平均的とのこと)、セントラルピボットという灌漑機械を使って、円形の畑をいくつも耕作しています。作っているのは大豆やトウモロコシがメインで、2.5期作つまり2年で5回収穫するのだそうです。その規模といい、巨大な設備といい、日本人が思い描く農業とはあまりにもかけ離れた概念の、何か全く別の産業としか思えませんでした。この農場では17人の作業員を使い、売上は日本円にして2億7千万ほどだそうです。買い取り先は残念ながらアメリカのいわゆる穀物メジャーが殆どで、最終的に売っている先は中国が多いとのことでした。若干複雑な思いでした。
 このセラードの開発の成功を受けて、今度はブラジルと日本が協力してアフリカのモザンビーク(ブラジルと同じポルトガル語国です)で農業開発が進められています。いわゆる三角協力です。モザンビークはまだまだこれから、と言ったところですが、土壌の質はブラジルより良いとのことで、今後大いに期待されるところです。
 また、モザンビーク北西部でこれも大規模な石炭開発がなされており、既にブラジルやオーストラリアの鉱物資源開発会社が採掘を実施していますが、日本の新日鉄住金も採掘権を得て準備を進めているところでした。これもまた、想像を絶するような大規模な露天掘りで、すべてに圧倒される思いでした。
 日本は食糧も資源も輸入に頼っています。官民挙げて安定した供給の確保に取り組まなければなりませんが、同時に、その結果が本当に相手国のためにもなり、環境にも十分配慮すべきことを痛感したことを付け加えておきたいと思います。

2013年8月

 毎日、暑い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。
 さて、7月の参議院選挙におきましては、吉川有美に多大のご支援を賜り、おかげ様で、15年振りに三重県で参議院の議席を奪還することができました。厚く御礼申し上げます。また、今度の選挙の結果、いわゆる衆参のねじれも解消され、円滑な政権運営が可能になりました。
 しかし、このことは、逆に我々与党にとっては、もう言い訳のできない状況になったということで、政策の実現に向けて必死に取り組まなければなりません。
 世界に目を転ずると、欧州は相変わらず経済状況が不安定ですし、アメリカも決して好調とは言えません。我が国は長い間のデフレからの脱却に必死にとりくんでいるところですが、中国やインド、ブラジルなど新興国も、これまで輸出主導で経済成長してきただけに、景気の行方に陰りが見え始めています。とはいえ、これからの世界の経済成長はやはりアジアをはじめとする新興国に期待せざるを得ません。これらの国が、輸出や投資主導から国内の消費主導の経済構造に転換できるかどうかが大きなカギになります。もう一つはこれらの国が、格差を縮小し、中間層を増やせるかどうかが持続的な成長のための重要な要因だと思います。
 日本では、今、経済成長を促すためのアベノミクス。特に成長戦略が注目されています。規制緩和や投資促進のための、いわゆる供給サイドの刺激策が取り上げられることが多いのですが、結局は需要が増えないと、消費と投資は増えないのではないでしょうか。人口が減少し、高齢化が益々進む日本社会で需要を増やすのは容易なことではありません。やはり長い目で見れば、人口が増える、消費意欲の旺盛な若い世代が増えることが決定的な要因だと思います。子供の数を増やすのは簡単ではありませんし、また経済的な理由だけでもないと思います。母親が安心して子供を預けて働ける環境の整備や、子供を持つことの喜びを理解してもらうことも重要でしょう。しかし、それでもこれからおそらく20年くらいは人口、それに労働力の減少は続くでしょう。
 それをカバーするための政策、たとえばきちんとした仕事に就くことを前提にした移民の受け入れや外国人観光客のより積極的な誘致など国内の需要を増やすための戦略が不可欠ではないでしょうか。
 欧米の先進国はもちろん、新興国の成長率も以前ほどの勢いを失いつつある中で、日本は成熟国家のモデルになるべき時期に来ているのではないでしょうか。

2013年6月

 早いもので今年も間もなく半分終わろうとしています。国会も残り20日の会期となり、参議院選挙のモードに突入しつつあります。
 今度の選挙の争点は何かと問われると、ハタと答えに窮することがありますが、やっぱり経済なのかな、と答えざるを得ません。いわゆるアベノミクスがこの5か月間どう作用してきたのか、光の面もあれば影の面もあっただろうと思います。最初のうちはアベノミクスも肯定的に受け取られることが多かったと思いますが、段々と影の部分も表面化してきました。円安による油をはじめとする輸入物価の上昇はその典型的な例です。
 ヨーロッパや中国の経済がもう一つという環境の中で、また人口減少や高齢化により国内需要が減少していくという状況にもかかわらず、経済成長を実現させるのはなかなか容易なことではありません。外需を取り込む、あるいは海外に打って出るというのはその通りですし、これから日本がやらなければいけないことは、はっきりしているのではないでしょうか。
 例えば電力や鉄道など、これまで内需対応型の産業だと思われていた分野も、積極的に外に打って出なければなりません。その際、一番のネックになるのが、やはり言葉の壁ではないでしょうか。この頃でこそ、帰国子女も増えて外国語に堪能な若い人も増えてはきましたが、まだまだ大学を出ても英語も話せないという人の方が圧倒的に多いのではないでしょうか。
 私は、幼稚園のころから英語を教えるべきだなどという底の浅い議論に組するつもりはありませんが、せめて高校生くらいになったら日常会話くらいはできるような教育内容にした方がいいと思います。
 日本人が、実は素晴らしい考えを持ち、教養も文化も持っていたとしても、それを伝えられないことには意味がありません。日本の大学は、最初の2年間が教養課程、後の2年間が専門課程とされていますが、本当は4年かけて教養と語学を徹底的に勉強させた方がいいのではないでしょうか。幅広い知識と教養を身に着けてからの方が、専門分野を勉強する上でも必ず視野が広がり、奥行きも深まると思います。
 もっとも、偉そうなことを言いましたが、自分のことは棚に上げたうえでの話です。今でも、若いときにもっと外国語も勉強しておけばよかった、もっと本を読んで、知識と教養を身につけておけばよかったといつも反省をしています。
 ただ、これからの日本には、世界で通用する真の国際人が求められているのは間違いありません。

2013年5月

 連休も終わり、緑が映える季節になってきました。いかがお過ごしでしょうか?
 さて、国会も後半に入り、七月の参議院選挙に向けて準備が進んできています。昨年末の衆議院選挙で自民党は勝利させていただきましたが、参議院ではまだ野党です。是非この夏の参院選では勝って、ねじれを解消させてほしいと思います。
 ところで、最近、時々、今の日本にとって一番の課題は何なんだろう?と思うことがあります。経済?人口減少?外交?高齢化?憲法改正?その他にも数え上げたらキリがないかもしれません。しかし、政治に何ができるかは別にして、国民の士気、やる気、高揚感の欠如ではないのかなあ、と思ったりします。
 日本は第二次大戦後およそ70年間、平和に経済的繁栄を享受してきました。いろいろ問題はあり、お叱りを受けるかもしれませんが、国民は物質的にはそれなりに満たされています。満たされていないものがあるとすれば、それは心の問題なのかもしれません。それに対して政治が何をできるのか、正直言って私にもよく分かりません。
 最近、インターネットのブログやフェイスブックその他のいわゆるSNSでいろいろな情報、特に個人の意見?とか見解?が多く発信されています。中には感情に任せた非常に過激な書き込みも見受けられます。しかし、日本では、それがそのままより具体的な社会活動(例えばデモ)につながるかというと、どうもそうでもないようです。「アラブの春」と呼ばれた中東諸国での政権交代(打倒)劇はSNSによって引き起こされたと言われますが、そして確かにSNSの影響は大きかったと思いますが、日本ではそういう過激な実力行動には至らないようです。
 では、あれだけ過激な書き込みは一体何なのか?私は自分でフェイスブックをやる訳でもないのでよく分からないのですが、一つには、あれが不満のはけ口やボヤキになっているんだろうな、とは思います。逆に、あれだけ多くの書き込みがあるということは、今の政治や社会に対する個人のレベルでの不満がそれだけ強いということなのかもしれません。
 国や社会全体のことより、個人の自由や権利が何よりも尊重される。そのこと自体に大きな異論はありませんが、もう少し、自己愛と他者に対する愛情のバランスが必要なのかもしれません。
 民主主義と経済至上主義の根幹が問われつつあるような気がして仕方ありません。

2013年4月

 今年は桜の開花が早くて、東京ではもう盛りを過ぎて、既に葉桜になりかけています。
 日本では4月は入学、就職など、新生活のスタートの時期です。昨日、年甲斐もなく、もう何十年も前の、自分が大学に入学した時のことを思い出してしまいました。
 高校を卒業して一年浪人をして、大学に入学できた日、一年前から東京に住んでいたとはいえ、何しろ田舎から出てきた地方の公立高校出身の身ですから、都会の有名高校出身の人たちが、なんと眩しく見えたことでしょう。
 これから大学で何を学び、誰と知り合い、自分のやりたいことを見つけられるのか、期待と不安の入り混じった複雑な思いで一杯だったのを思い出します。その前の年まで、大学紛争が燃え盛っていた頃ですから、まだその燃え滓のようなモノが残っていたのと、ちょっと気怠いような脱力感が漂っていたように思います。退廃とまでは言いませんが、明るい未来を信じて無邪気に前進するという雰囲気でなかったのは確かです  。
 翻って、今はどうなんでしょうか?あの頃と違うのは、当時はそれでもこの国は上り調子にあって、経済成長は続いていたし、大学を卒業した後の就職の心配なんか殆どありませんでした。当時も今も、誰もが大なり小なり不安や心配を抱いていたとは思いますが、不安の中身が全く違っているように思えます。
 今の若い人たちが抱く不安は、この国の先行きが見えない、あるいは自分たちの生活の見通しが立たないといった現実的な不安のような気がします。これは本当に気の毒なことだと思います。
 しかし、成熟段階に達した先進国の多くが同じような状況に置かれているのは間違いありません。この状態を乗り切り、突き抜けたところに何があるのか、それを設計し、提示していくのが政治の大きな課題です。
 私は決して悲観論者ではありませんが、しっかりと現実を見据え、対処方法を考えたいと思います。ただただ、政治には夢が必要だとかの理由で、根拠のない幻想を振りまくことは慎まなければなりません。その作業を通じて、現実に可能な道筋を提示していきたいと思います。
 政治は予言や占いではありませんから、当たらなかったらごめんなさいでは済まされません。
 これからこの国は、「坂の上の、つかめない雲」ではなく、「坂の向こうに現にあるモノ」をしっかりと見据えないといけない時代に入ってきたのではないでしょうか。
 昔を思い出しながら、春の一日、頭をよぎったことでした。

2013年3月

 春が待ち遠しい今日この頃ですが、いかがお過ごしでしょうか? アベノミクス効果とやらで、株価は上がり、円は安くなり、少し気分的には日本経済も上向きになりかけているようなムードになっています。この政策の柱がいわゆる三本の矢(大胆な金融政策、機動的な財政出動、成長戦略)であることはご存じのとおりです。一番目と二番目はいわばカンフル剤的な政策。三番目が体力を強化するための政策です。しかし、これが一番難しいのは言うまでもありません。日本の経済を再び成長路線に乗せられるような技術革新ができるのか、私にはまだ分かりません。
 産業革命以降、蒸気機関の発明や、電気の利用、自動車や飛行機の発明、通信手段の発達、ラジオ、テレビと種々の家電製品の普及、コンピューターや携帯電話の出現など人間の生活をがらっと変えてしまうような技術革新が行われてきました。しかし、ここに来て、人類の生活様式まで変えてしまうような発明やイノヴェーションに停滞感が出てきているのではないでしょうか。皆がこぞって欲しがるようなモノが、そしてそれによって我々の生活ががらりと変わるようなモノが何かでてくるのでしょうか?確かに今まであるモノを改良した製品は出てはいます。エコカーやスマートフォンやタブレット型端末は売れてはいますが、これまでの技術の応用、改良です。なかなか新規の大発明というのが、正直種切れなのではないでしょうか。iPS細胞を利用した新薬などは期待されていますが、これは人類の生活様式を変えるというモノではありません。
 ひょっとすると、もう人間にとって必要なモノは殆どすべて出そろっているということなのかもしれません。
 そうなると、これからの技術革新とか技術開発というのは、機能としては既にこの世の中にあるモノの改良を狙うしかないのかもしれません。その典型的な例が例えばウオッシュレットみたいなモノです。これはもっと世界に普及してもいいのではないかと思います。何を言いたいかというと、まさに日本人はこうした痒いところに手の届くような改良が得意なのではないでしょうか。
 日本が世界に貢献でき、しかも日本の経済成長に資するような技術開発は、特に環境や医療、防災などの面でいくつもあるのではないでしょうか。
 日本人のきめ細かい気配りや几帳面さといった、言ってみれば日本の文化を活かした技術を世界に売り込んでいく時代に入ってきているのではないかと思います。
 日本の成長戦略とは、これからはすなわち文化戦略ではないのかなあと最近つくづく考えさせられています。

2013年2月

 新政権が発足して1か月経ちました。まだ立ち上がったばかりですし、国会も始まったばかりです。しかし、この間、補正予算、来年度予算の原案作成と矢継ぎ早に仕事をこなしています。
 この間、私も自民党の政務調査会副会長兼事務局長として、党内の政策の取りまとめ役をやらさせていただきました。久しぶりの政権与党復帰ですし、何しろ新人議員だけでも115名という大所帯ですし、新しい議員の名前もよく分からない中での予算の取りまとめでした。
 日本は長い間のデフレからの脱却を図らないといけませんし、防災対策などの手当ても喫緊の課題です。いわゆるアベノミクス(金融緩和、財政出動、成長戦略の組み合わせ)が旨く行くかどうかは、今後の取り組みと実行力にかかっています。特に、中長期的には成長戦略が旨く行くかどうかにかかっています。
 日本を取り巻く環境は決して容易ではありません。為替レートは円安方向に振れていますが、肝心の欧州、中国、米国の経済状況が必ずしもおもわしくありません。つまり、円安になっても輸出には大きく期待できないような状況が続いています。他方で、円安は輸入価格を上昇させますから、特に電力が火力に大きく依存している状態では益々日本の経常収支は悪化するでしょうし、電力料金の値上げという形で国民生活にも影響が出てこざるを得ません。ここはしっかりと内需を拡大し、民間の投資、消費の増大につなげていく必要があるのではないでしょうか。その意味で、また無駄な公共事業をやるのか、というような批判にはきちんと反論していきたいと思います。
 しかし、先般のアルジェリアでのテロ事件(犠牲になられた方のご冥福を心からお祈りします)といい、日本人がこれから益々海外での仕事も取り込んでいかないといけない中で、邦人の保護と救出をどうしていくのか、真剣に対応する必要があります。
 これまで日本も海外での危険については、ほとんど無防備で他人事のようなところがありましたが、これからはそうもいかなくなってきました。やはり、自国民の生命と財産は、しっかりと守るだけの用意と心構えがないといけないのだと思います。
 厳寒の候、インフルエンザも流行っているようですし、皆さん方も風邪などひかれないようにお気をつけ下さい。私も体調管理に気をつけて、しっかりと国会で頑張っていきたいと思います。

2013年1月

 遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。どうか本年もよろしくお願い申し上げます。また昨年の総選挙では、無事4選を果たさせていただくことが出来ました。なお一層の精進を重ねてまいりたいと思っております。
 さて、今年は巳年です。巳年にはいろんなことが起こると言われます。1941年は太平洋戦争が勃発しました。近いところでは、1989年のベルリンの壁の崩壊に始まる東西冷戦構造の終焉、2001年の911テロなど世界を震撼させるような出来事が起こっています。今年は一体何が起こるのでしょうか?
 政権が交代し、これまでの「決められない政治」から「決める政治」への転換が期待されています。確かに、衆参ねじれ状況の下では、なかなか調整が難しくて物事が前に進まないもどかしさがあるのはその通りです。しかし、では、ねじれ国会が解消されたら物事迅速にテキパキと処理されるのでしょうか?
私はちょっと疑問に思います。はっきりモノを言う、独裁者タイプの人が出てくれば、即断即決できるのではないかと思われるかもしれませんが、ある一つのことを処理するのに専念するのであれば、それは可能かもしれません。しかし、今の世の中、いろんなことが複雑に絡み合っています。一人の人間がすべての情報を把握することは無理ですし、まして全体に的確な目配りをしながら、バランスの取れた判断をするなど不可能だと思います。
 時間がかかる、決断に手間取る、というのは民主主義の代償なのかもしれません。
 理想的なのは、善意と正義感に溢れた、全知全能の独裁者が政治を司ることかもしれませんが、それが不可能だというのは、これまでの人類の歴史を通じて証明されてきたことのはずです。だから、手間暇がかかり、フラストレーションも溜まるけど、民主主義という制度に行き着いたのではないでしょうか。
しかし、逆にこのごろは、その民主主義が暴走を始めたような気がして仕方ありません。耳あたりのいい目先のスローガンに飛びついてしまい、結局だまされた、ということになる。「チェンジ」などと言ってみたところで、今のこの複雑に絡み合った世の中、そんなに簡単にチェンジする訳がありません。
 政治もそうですが、経済や技術の面でも、蒸気機関や電信電話、自動車、飛行機、テレビ、パソコンに匹敵するような、人間の生活をがらりと変えてしまうような大発明は、ここ何十年も起こっていないのではないでしょうか。
 これからの人類の行く末、そしてその中で、我々日本人の行く末を真剣に模索していかなければならない時代になったと思います。巳年、なんとかいい方向に脱皮したいものです。

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