のりおの声

2009年12月

 早いもので、今年も残すところ後1ヶ月となりました。皆様にとってはどんな年だったでしょうか。
 新政権が発足してから、間もなく3ヶ月になろうとしていますが、日本を取り巻く環境は内外ともに厳しさを増しているように見えます。
 現政権の批判ばかりするつもりはありませんが、国民受けのする、事業仕分けというパフォーマンスで、何とかしのいでいますが、外交も経済も全くの無為無策の状態が続いています。急激な円高と株価の低迷、長期的な成長戦略もなく、短期的な景気対策もなく、このままでは日本は世界から見放されてしまいます。
 先の選挙中にも訴えてきましたが、大企業の法人税は国際的にも高いまま、派遣の禁止や最低賃金の引き上げ、厳しい環境対応や租税特別措置の見直しによる実質増税など、日本から製造業が消えてしまいかねません。中小企業対策をやっても、大企業が国外脱出してしまえば、元も子もなくなってしまいます。
 断言しますが、子供手当や高校授業料無償化、高速道路の無料化なんかでは内需は拡大しません。企業の海外逃避や、倒産、失業者の増大などが押し寄せるのは目に見えています。介護や医療、教育だけではこの国の経済は保ちません。
 お父さんが失業してしまったら、子供手当をもらっても何の意味もありません。
 今、やらなければいけないのは、短期的には政府が思い切った需要拡大政策を取り、長期的には研究開発や教育水準の向上につとめること。同時に企業が国内で仕事を続けられるような環境を整備することです。
 日本は少子高齢化が急速に進み、内需は長期的には減少していきます。福祉は重要ですが、福祉サービスで国民が食べていくことはできないし、これまでの貯蓄の食いつぶしにしかなりません。誰かが稼がないと長期低落に歯止めはかからないし、やはり世界に日本の物を売っていくしかありません。また、経済が回復してきたら、新たに福祉のための財源を求めなければなりません。
 自分の子供が社会に出るときに、一体このままでこの国はどうなっていくのだろうか、それを基本に、毎日思い悩む日々が続きます。
 自民党に対する国民の厳しい審判が下されたことは、謙虚に受け止めますが、現政権のやっていることの、あまりの子供っぽさと能天気さは目に余るものがあります。気がつけば、みんなで奈落の底に落ちてしまって、いわばこの国は第二の敗戦を迎えることになりかねません。あおり立てたマスコミの責任もありますが、国民はあまりにも大きな代償を払わなければならなくなるかもしれません。
 そんな状況にするために、国民は民主党政権を選択した訳ではないでしょう。自民党政権時代のモヤモヤを晴らすため、だったのでしょうが、事態はそれを超えてしまっているのではないでしょうか。
 そんなことにならないように、懸命に頑張っていきたいと思います。

2009年11月

 民主党政権が誕生して一ヶ月半ほどが経過しました。相当混乱が見られ、かなり危なっかしく見えます。
一つは、民主党がこれまで言ってきたことと、今やっていることの整合性も問題です。例えば、日本郵政の社長、副社長人事。民主党は、天下りの根絶、政権を取ったら即時撤廃を強く主張してきました。それとの関係はどうなっているのでしょうか。いくら強弁しても、これは通りません。私は、政治家が言っていることとやっていることが違うのが政治不信の一番の原因だと思うのですが、早くも自ら約束を破るのはいかがなものでしょうか。
二番目は民主党が掲げてきた「国民の生活が第一」、「地域主権」に反する動きが見られることです。八ッ場ダムについて、マニフェストに書いてあるからとの理由で、工事の中止を断言しています。ダム周辺の住民の声を聞くこともなく、また下流域の都県の意見を聞くこともなく、さらに言えば、中止する理由を客観的に説明することもなく、中止を断言することは、看板に偽りありということです。今になって、ダムの必要性を検証するとのことですが、これでは順番が逆なのではないでしょうか。
三番目は脱官僚政治のあり方です。聞くところによれば、官僚は殆ど何も情報を与えられず、予算の仕事についても、政治家が自ら電卓を叩いているそうです。これでは、政治家が官僚になってしまうだけの話で、政治主導をはき違えているとしか思えません。また、今回初当選した民主党の一年生議員は、政策決定の過程に全く参加できず、本会議や委員会で政策の中身も分からないまま、ただただ賛成、反対だけのために立ったり座ったりするだけのようです。これほどの税金の無駄遣いはないのではないでしょうか。また、私が危惧するのは、細かいところまで政治家が直接関与するということになると、利益誘導が起こりかねないということです。ゆめゆめそういうことのないように願いたいものです。
最後に外交の問題です。特に日米関係は大変きわどいところに来ていると思います。普天間基地の移転の問題については、これまで十数年、日米間で真剣に議論され、やっと辺野古移転が現実問題として実現しそうなところまで来ていました。
民主党政権はこれを反故にする、あるいは閣僚が個人的見解と称して勝手な発言をするなど、外交の基本を、日米の信頼関係を根底からくつがえしかねない状況になっています。間もなくオバマ大統領も来日予定ですが、暗雲がたれ込めていることに間違いありません。
 また、来年度予算や景気対策をどうするのかも喫緊の課題です。予算委員会が終わると、各委員会が始まりますが、国会論戦にしっかりと対応し、同時に自民党の立て直しをきちんとやっていく覚悟です。

2009年10月

 総選挙が終わって一か月経ちました。お陰様で、何とか勝ち残ることができました。皆様方のご支援に心から感謝申し上げます。
 結果は自民党の歴史的な敗北に終わりましたが、谷垣新総裁の下、自民党の再生に向けてしっかりと取り組んで参りたいと思います。
 考えてみますと、今回の総選挙で自民党が敗れたのには、相応の理由があったと思います。一つは、五十年以上にわたりほぼ一貫して政権の座にあったことから、 慢心や驕りがあり、また惰性に流れ、世界や国内の状況の変化に的確に対応できなかったこと。それと、本来の国民政党、保守政党である自民党の理念が希薄になってしまったこともあったと思います。
 今回の選挙を通じて感じたのは、自民党も、また民主党も、この国の将来のあるべき姿を提示できていなかったことです。どちらも、寄って立つべき軸がないままに、目先の人気取り合戦に終始してしまいました。
 政治がどうなろうと、人間の営みは途切れることなく日々続いていきます。政治の役割は、社会や経済の変化をふまえ、二十年後、三十年後の日本のあるべき姿を示し、そこに至る道筋を描くことです。そして、その時々で、本当に困っている人たちに救いの手を差し伸べることです。しかし、基本は自立でなければなりません。税金の配分を変えることも必要でしょうが、再配分ばかりに目をやって、税金を払ってくれる人が居なくなってしまっては、再配分どころの話ではなくなってしまいます。
 独立自尊などと言うと、そんなカビ臭い言葉を使うなと言われるかもしれませんが、私は今の日本人に最も必要なのはこの精神だと思います。また、公徳心も欠如しかかっているとしか思われません。
 実情は、しかし逆の方向に進んでいるような気がして仕方ありません。日本人はどんどんと依存体質になっている、あるいはそういう傾向を、マスコミも助長しようとしているとしか見えません。
 民主党政権は発足してまだ三週間です。何が何でもマニフェストを実現するんだということで、かなり前のめりになっているような気もしますが、政権を担当してみると、いろいろと制約や限界も分かってくるのではないでしょうか。
 自民党も再起をかけて、もう一度国民の皆様の信頼をいただける政党に脱皮するよう、懸命に努力していきたいと思います。
 これからしばらくは野党の立場で、日本がおかしな方向に行かないように、しっかりとチェックし、また自らは一層研鑽を積んでいく所存であることを申し上げて、新たなステージに向けての決意のご挨拶とさせていただきます。

特別号

 本日(7月21日)、衆議院が解散されました。
私にとっては二度目の解散、三度目の選挙になります。これから40日間の長く熱い戦いが始まります。
 民主党は政権交代の一本槍。その先に何が待っているのかをはっきりと示そうとはしません。
 私は、政権選択が今度の選挙の目的であるのであれば、この国とそれぞれの地域の「未来への責任」こそが問われるべきだと思います。
政治が目先のサービス合戦に陥ってしまっては、誰がこの国や地域の未来に責任を負うのでしょうか。しかも、一度大盤振る舞いをしてしまうと、正直言って、元へ戻すのは至難の技だと思います。まして、財源の裏付けもないバラマキは将来に禍根を残すだけではないでしょうか。
 私たちは、苦しい中ではあるけれど、節度と責任ある政策を打ち出さなければなりません。同時に、それがこの国のこれからの道筋を示すものでなくてはなりません。
 自民党も反省すべき点は多々あります。日本の社会構造や人口構造の変化にしっかりと対応した政策を打ち出せてこなかったし、古い体質をそのまま残した面もあると思います。しかし、戦後六十数年にわたり、ほぼ一貫して責任政党として、また国民政党として、この国の政治に責任を負ってきたことに対しては自信と誇りを持っていきたいと思いますし、真の保守政党、国民政党として蘇るための良い機会ではないかと思います。
 何はともあれ、選挙です。選挙に奇策はありません。私は愚直に政策を訴えて、ご理解を求めていきたいと思っています。
皆様のご指導とご鞭撻をお願い申し上げます。

2009年7月

 梅雨空の下、永田町は騒然としています。このところ、連日のように政局の話でもちきりですが、国民はこうした騒ぎをどう見ておられるのでしょうか。 自民党の中のゴタゴタはもちろん、政治と金の話や、重箱の隅を突っつくような非難合戦。そして、それを煽るマスコミ。
 正直言って、私自身はいささかうんざりさせられています。世論調査の結果は、それはそれで参考にする必要はあると思いますが、大事なのは、政治家個人個人が、この国の将来や、日本を取り巻く厳しい環境への対応をしっかりと考え、判断することではないでしょうか。世論調査で示される国民の要求すべてに応えることはできません。自分自身の信念と考えに基づいて、優先順位をつけなければなりません。そうでなければ、個別問題毎にテレビを見て投票してもらえばいいのであって、政治家なんか必要ないのです。
 今、おそらく多くの方が感じておられるのは、政権担当能力という点に関しては、与野党どちらも危うい、ということではないでしょうか。政治そのものに対する不信、と言い換えてもいいかもしれません。
 大多数の国民が最も関心があるのは、自分自身の今の生活をどうしてくれる、ということだと思います。当然でしょう。しかし、個人の生活の問題は、個人の努力による部分と、それを超えた制度や仕組みに左右される部分があります。政治が対応しなければならないのは後者の部分です。
 今までの日本の制度や慣行の多くは、昭和30年代から40年代、つまり、この国がまだ若く、経済的にも成長していた頃にできたものです。社会保障や税制もそうです。しかし、人口構成一つとっても、当時とは大きく様変わりしています。また、物質的にはこの国は、もう成熟期に達したと言ってもいいかもしれません。
 これからこの国をどういう方向に持っていくのか、今の、また今後2,30年の日本の社会・経済の実態に合ったような大きな枠組みの変化を考えないといけません。ところが、残念なことに、現在のところ、どの政党も政局に明け暮れ、将来の日本のあるべき姿を提示できていません。
 私は、一時の政局に右往左往することなく、真剣に、この国が進むべき道筋を考えていきたいと思っています。

2009年6月

 6月3日が会期末だった通常国会も、予算関連法案等が未成立であることから、55日間延長されることになりました。今後は法案審議の行方を見ながらの対応になりますが、いよいよ解散、総選挙が秒読み状態に入ります。
 ところで、では一体、選挙の争点は何かというと、いま一つはっきりしないというのが実感ではないでしょうか。民主党は政権交代と言いますが、交代して、どのような社会を作ろうとしているのか、全く分かりません。我々与党は、とにかくまず今の景気を早く底打ちさせて、経済を立て直そうとしています。そして、日本の進むべき道、特に超高齢化社会をいかに乗り切るかを早急に考えなければなりません。65歳以上の人口が、2025年には30%、2050年には40%になります。少子化対策を頑張ったとしても、若年層が急激に増える訳ではありません。私見では、日本はもう定年制を止めることも考えるべきだと思います。昔と違って、高齢者といっても、60歳や65歳はまだ壮年といってもいいくらい元気です。毎日8時間働けとは言いませんが、元気なうちは少しでも働いた方が、健康のためにも、また精神的な張りを持続するためにもいいのではないでしょうか。年金や介護や医療費の抑制にも役立つと思います。このままでは、日本は介護を受ける人と、介護する人ばかりの国になりかねません。
 このことは、膨大な財政赤字の処理の道筋をつけることとも、大きく関わってきます。増大する社会保障費の抑制だけ議論していても、またそのための財源を確保する増税論議だけしていても、らちは開きません。高齢者の継続的な社会参加を確保する方策を確立すべきではないでしょうか。それこそ政治の役割だと思います。
 補正予算の使い途については、いろいろと細かい議論もありました。私自身は、今度の補正予算は、将来にも目配りをしながら、即効性のある分野に重点を置いた、よく考えられた予算だと思います。批判の一つにこれまで日本は外需に依存しすぎた、というのがあります。しかし、日本をもう一度内需主導型の経済に戻せというのは幻想でしかないと思います。日本の経済は少子高齢化の進展と核家族化が行き着いたため、もはや成熟の域に達しています。やはり、外に物を売るしかないのではないでしょうか。そして、今のような経済危機の時だけ、外需が回復するまでの間、臨時、緊急的に内で底支えをするということだと思います。
 一時の風潮や一部のマスコミの煽動に流されて、大きな基本的方向を間違えてはならないと思います。
 こうした、大きな課題に堂々と立ち向かっていく勇気と良識が、今こそ求められているのではないでしょうか。

2009年5月

 ゴールデンウィークはいかがおすごしでしたでしょうか。高速道路の割引もあって、日本全体で1700万台以上の車が動いたらしいですね。一方で、新型インフルエンザは、その行方がまだ不透明です。水際対策の徹底を求めたいものです。
 さて、7日から予算委員会で21年度の補正予算の審議が始まりました。株価は上昇しつつありますが、日本経済は依然として厳しい状況が続いています。一刻も早くこの補正予算を通して底割れを防止しなければなりません。そして、この決着が見えたところで、いよいよ総選挙ということになります。
しかし、今度の選挙の争点が今ひとつはっきりしないというのが実感ではないでしょうか。そんな中で、急に浮上してきたのが、いわゆる世襲の問題です。  商売をやっている方ならともかく、政治家が世襲をするというのは一体どういうことなのでしょうか。本人の意欲や能力と別の要素で、候補者になるというのは、民主主義の根幹に触れることです。選挙で洗礼を受けるのだから関係ないという人もいますが、その前段階ですでに選別されてしまっているのですから、これには説得力がありません。
 もちろん一概に世襲だから悪いという訳ではありません。世襲議員でも能力、識見とも優れた方はたくさんおられます。また、選挙区を変えればいいという意見もありますが、国会議員は地域代表でもあります。やはり、自分のふるさとのために役に立ちたいという思いは強いのではないでしょうか。これも、選ぶ側からしても、地縁の全くない人よりは地元出身の人を、ということになるのではないでしょうか。
 私自身の乏しい経験ではありますが、政治という仕事は決して楽な仕事ではありません。政治を家業と考えたり、儲かる仕事だと考えている人が政治に携わるとしたら、地域も国も決して良くはならないでしょう。
 まじめに政治という仕事に取り組んできた人ほど、正直、子供や孫には、こんな苦労はさせたくないと思うのが普通ではないかと思います。
 私は、世襲であろうがなかろうが、候補者として本当にふさわしい人を、各政党が情実抜きで公平・公正に選ぶ仕組みを作るべきだと思います。
 国会議員の定数の削減とあわせて、各政党の良識が問われるのではないでしょうか。

2009年4月

新年度になりました。この時期を迎えるといつも、高浜虚子の「春風や闘志いだきて丘に立つ」の句が思い浮かびます。新入生か新入社員の作のような若々しい句ですが、実は四十になろうとする年の作だそうです。何があろうと、自分のやるべきことをやるんだ、という気概と気迫を感じます。
 もう一つ、小林一茶の「人の世や直には降らぬ春の雨」という句は、人間社会の優しさを春の雨の中に見出したものでしょうか。
 今、日本も春を迎えようとしているのに、経済や雇用は大変厳しい状況にあります。景気の先行きに対しても決して楽観はできません。政治も行政も必死で対応しようとしています。しかし、こんなことを言うと批判を受けるかもしれませんが、一番肝心なのは、私たちの気の持ちようではないでしょうか。いつの時代でも、生きていくことが楽だったことはないはずです。みんなそれぞれの立場で必死に生きてきたことは間違いありません。
 今ではもう昔話でしかないのかもしれませんが、私の若い頃には、集団就職や出稼ぎがありました。中学を出たばかりの子供達が親元を離れ、都会に就職していきました。15歳で離れ離れになるのは、子供自身も親も辛いことだったに違いありません。出稼ぎは、今の言葉で言えば期間工です。家族が一緒に暮らせれば、それに越したことはありませんが、家族のために、皆辛い思いをしながらも、一生懸命頑張ってきたのではないでしょうか。
 日本人は、以前は、自分の置かれた環境を自らの手で変えていこうという意欲があったように思います。他人のことをとやかく言うのではなく、自らの手で自らの未来を切り開いていこうという気概があったように思います。批判や不平は、次々とその対象を変えていくだけで、結局何も生み出さないのではないでしょうか。物質的、経済的には昔よりはるかに豊かになっているはずなのに、今のほうが世の中の欲求不満の度合いが強くなっているように思えます。ある意味で豊かさの代償なのかもしれません。
 厳しい時代ではありますが、季節は巡ってきます。そして、時は春。
こんな時代だからこそ、もう一度、一人一人が責任を持って自分の仕事をきちんとこなす必要があるのではないでしょうか。人の世はそれほど捨てたものではありません。あらためて、闘志を持って挑戦していこうではありませんか。
 私も自分の置かれた立場で、責任を持って、ベストを尽くしていきたいと思います。

2009年3月

先月、このレポートで「おくりびと」のことを書かせていただきましたが、その後、見事、アカデミー外国語映画賞を受賞されました。久々の明るいニュースであり、また快挙でした。心から喜びたいと思います。
 ところで、今日(4日)やっと、20年度の第二次補正予算の関連法案が成立しました。いろいろご批判もあるでしょうが、これで定額給付金も、高速道路料金の割引も可能になりました。後は、参議院で21年度予算と関連法案の一日も早い審議、成立をお願いしたいと思います。
 日本の今の経済状況は、もはや待ったなし。次から次へと景気対策を打ち出さなければなりません。党派を超えて、また産業界、労働界も力を合わせてこの難局を乗り越えなければなりません。
 日本は、明治維新以降だけでも、日清、日露の戦争、大恐慌、そして第二次世界大戦と、国家の存続に係わる出来事をその都度くぐり抜けてきました。戦後の経済の面だけに限ってみても、ニクソン・ショックによる円の大幅切り上げ、二度にわたる石油危機など、日本はもうダメかもしれないと思われるような局面を見事に切り抜け、蘇ってきたではありませんか。
 今、私達は、現在そして将来への不安を抱き、それに対する言いようのない閉塞感に悩まされていることは間違いありません。高齢化はどの国も経験したことのないスピードで進んでいますし、子供の数は増えません。この国を取り巻く状況も決して楽観を許しません。しかし、それでも、私はこの国と国民の力を信じています。それは、日本人が状況の変化に柔軟に対応する力を持っているからに他なりません。
 世界は、日本が今後どういう方向に進んでいくかを注視しています。少子・高齢化は何も日本の専売特許ではなく、韓国や中国も後を追っています。私達は目前の問題の処理だけではなく、未来のこの国の形を世界に先駆けて示さなければなりません。現在の難局を乗り越えた上で、社会保障や教育、そして環境問題や新しい経済のあり方を構想しなければならない時期に来ていることは間違いありません。
 私自身、今、そのことを考え、悩み、四苦八苦しているところです。正直、まだ答が見つかっている訳ではありません。声高に、変化や改革などと叫んでみたところで仕方ありません。それは手段であって、その先にどんな社会を目指すのか、どんな国を目指すのかが見えていなければ、かえって不安を煽るだけでしょう。
 そんな時、いつも思うのは、日本と日本人が育んできた、歴史や伝統や文化を忘れてはならないということです。変わるべきところと、変わるべきでないところが必ずあります。それを踏まえて、もう暫く悩んでみたいと思います。

2009年2月

今、日本映画の「おくりびと」が話題になっているそうです。アカデミー賞の外国語映画賞の候補にもなっているようですし、モントリオール国際映画祭では大賞を獲得しています。私はたまたま、12月に出張帰りの飛行機の中で見ました。その時は、そんないろんな賞を受けたり、候補になっているなどとは全く知りませんでした。最近の日本映画はあまり見ないのですが、長いフライトで会議後の緊張をほぐしたい気持もあって、チャンネルを日本映画に合わせたら、この映画に出くわしました。
 あらすじは、主人公がオーケストラでチェロを弾いていたのが、楽団の経営不振で楽団は解散、リストラされ、故郷(山形)に帰って、職探しをします。チラシの求人広告で訪ねた先が、亡くなった方の納棺を手伝う仕事。
遺族とのトラブルや、故郷の町の人達との交流、上司(といっても社長一人ですが)や同僚(女性事務員一人)との関係、そしてこの仕事に嫌悪感を抱いて一度は別居する妻との関係、そして最後は長く離別状態にあった父親の納棺を通じ、一人前の納棺士となっていく姿を描いたものです。最後の父親の納棺のシーンは、錬磨を積んだ歌舞伎役者の見事な所作のような高みにまでこの仕事を昇華させた、男の美学のようなものを感じさせられました。
 私が、そして多分、外国人も含めて多くの人が、この映画に共感するのは、リストラとか、不本意な再就職といった今日の世情に通ずる部分もさることながら、納棺士という、普通の人なら忌み嫌う(主人公も最初はそうでした)職業に意義を見出し、迷いながらも、その道のプロとして覚悟をもって成長していく姿ではないでしょうか。それと、個人的には、この映画に出てくる日本の原風景とも言える、田舎の風景に心がなごみました。
 人間には夢が必要です。いくつになっても夢を持ち続けることは生きる力になります。しかし、夢ばかり追う訳にもいかないのが現実です。人生は夢と現実の妥協を繰り返していくことかもしれません。この映画は、一人の男がリストラ、そして不本意ながらついた新しい仕事を通じて、自分に与えられた環境の中で、生きることの意義や目的を見出すという生き様を私達の前に示してくれています。
 私達は、日本人が、いや人間なら誰しも持っている、苦境の中でもしたたかに、しぶとく生き抜く力を、今一度自覚する必要があるのではないでしょうか。
こんな時代だからこそ、決してあきらめない、決して屈しない強い心を持って生き抜いていきたいと思います。この映画を見て、そんなことを感じさせられました。
 アカデミー賞の発表を楽しみにしています。

2009年1月

明けましておめでとうございます。昨年はいろいろなことがありました。人の営みや、世間の喧噪に関わりなく、歳月は流れていくものなのですね。
  昨年9月のリーマンブラザーズの破綻以来、世界経済は様相を一変させることになりました。原因は何だったのか? 私の考えでは、収入以上に消費するというアメリカの過剰消費体質(平均で家計所得の1.34倍消費していたそうです)と、アジアや産油国の過剰貯蓄(そのお金が回り回ってアメリカに流れ込んでいた)が飽和点に達したということだと思います。
  物質文明の行き着く先を垣間見せられた気がして仕方ありません。ここで私達が考えないといけないのは、社会が経済的に豊かになればなるほど、権利が幅を利かせ、義務がしぼんでしまうということです。言葉を換えれば、豊かになればなるほど、公共の精神が衰えてしまうということです。豊かになっていく過程では、人々の要求に応えることが出来ます。しかし、いつの間にか、それが当たり前のこととして受けとめられるようになってしまうのではないでしょうか。経済的には、額に汗して懸命に働くことを忘れ、最後は金で金を買うようなマネーゲームに走ってしまいました。
  20年程前まで、日本は世界で一番物価が高い国だと言われました。その代わり、失業率も低く、治安も良く、それなりに安定した社会でした。しかし、そうした時代は終わりました。高齢化が進み、かつて贅沢と言われた物は当たり前の物となり、飽食と物余りの時代になりました。物質的には豊かになったのに、誰も幸せを感じられない世の中になったのは皮肉なことです。しかし、歴史を紐解けば、これはローマでも同じだったことが分かります。人々は「パンとサーカス」にうつつを抜かし、国防は傭兵に任せ、貧富の差が広がり、社会は分裂し、そして衰退していきます。公よりも私を優先することが社会の衰退を招いたといってもいいかもしれません。
 分裂した社会を一つにまとめるのは容易なことではありません。しかし、この経済的な危機は一つのチャンスでもあります。日本人が失いかけている公徳心や、額に汗して働くことの意義を取り戻すチャンスではないでしょうか。テレビを見ていると、毎日、批判や愚痴ばかりが目につきます。一体いつから、日本人はこんなに品位のない、卑しい国民になってしまったのかと思わされることもあります。
  国難とも呼べる非常事態に、政府も国会も、企業も組合も一致団結して対処すべきなのに、いたずらに分裂を助長するような風潮は情けない限りです。
今こそ、これまで幾多の危機を乗り越えてきた日本人の英知と良心を世界に向かって示すべき時ではないでしょうか。私も全力を尽くしたいと思います。
 今年一年が、皆様にとって良き年となるよう願ってやみません。

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