のりおの声

2005年12月

小泉改造内閣も決まり、新しい体制がスタートしました。騒がれていたほどのサプライズは無かったですね。これから来年の9月まで改革競争とポスト小泉争いの行方が注目されます。
私も、国会対策副委員長を仰せつかり、国会運営の責任の一端を担うことになりました。来年の通常国会から活動開始です。
さて、話は変わりますが、9月の選挙が終わってからすぐに新伊勢の市長選挙の動きで、私の身辺も騒がしくなってきました。衆議院選挙中も伊勢市民の皆さんには、伊勢市駅前開発をはじめとして、ふるさとの再生に対する私の想いを訴えてまいりました。また、改革を掲げた自由民主党が圧勝を受けて、今この国はいわば改革競争のまっただ中にあります。そんな中で、伊勢だけが改革の流れとは無縁のように見えるのは私だけでしょうか?

今度の市長選は伊勢のみならず、鳥羽、志摩、度会、東紀州の将来を左右する極めて重要な選挙です。立候補が予定されている3人の方とも話をさせていただきました。その中で、改革と新伊勢のまちづくりに対する気迫と気概を感じさせてくれたのは一人だけでした。国会議員が市長選でリスクを負うことはないという意見もいただきました。しかし、私は「ふるさとの再生」を訴え、沢山の方からご支援を頂戴した身です。ここで中立の立場を取り、高見の見物をしていたのでは、私を支援してくださった方々を裏切ることになります。伊勢の再生ができれば三重県南部の再生も曙光が見えてくると思います。
私の公約を実現するためにも、きちんと連携の取れる市長候補者を全力で支援していく覚悟です。支援者の皆さんの中にも、人間関係や利害やしがらみの中で動きにくい、あるいは反対陣営に回らざるを得ないという方がいるかもしれません。また、誰がなっても同じだと醒めた見方をされる方もいるかもしれません。しかし、この機会に伊勢を変えなければ、またこれまでと同じ状況が続いてしまいます。皆さんの子供さんやお孫さんが、伊勢で生まれて、伊勢で育って良かったと思えるような地域を作ることが私たちに課された責務ではないでしょうか。今度こそ、伊勢を変えるんだ、変えられるんだという気概を示すべき時だと思います。
どうか大局的な見地に立って頂き、皆様方のご理解と奮起を心からお願い申し上げます。

2005年11月

突然の解散を受けての総選挙が終わって間もなく一ヶ月になろうとしています。前回の選挙から1年9ヶ月しか経っておらず、準備不足が心配でしたが、お陰様で再度当選させて頂くことができました。ご支援を賜りました皆様には心から感謝申し上げます。 今回の選挙はもちろん郵政民営化をきっかけにしたものですが、選挙の結果を振り返ってみますと、国民がこの国の今の閉塞感を打破するために変化、改革を求めたということではないかと思います。既得権やしがらみに縛られて身動き取れないことに対する苛立ちだったのかもしれません。

戦後60年。日本人は平和と繁栄を謳歌してきました。今の憲法に対してはいろいろと批判もありますが、日本国民の多くが享受している「権利」はこの憲法のお蔭だと思います。問題は「権利」はいったん与えられると当たり前のことになってしまい、既得権になってしまうことです。また「権利」と裏腹の関係にある「義務」についてはとかく忘れられがちになってしまうということです。改革とは既得権やしがらみを断ち切ることですが、同時に権利、義務の内容も見直すことにつながっていきます。誰でも、権利はがっちり守り、義務はできるだけ負わないようにしたいのは分かりますが、これではいくら声高に改革を叫んでも、何も変わらないと思います。改革とはまず自分が変わらなければならないことではないでしょうか。
ところで、今回の選挙で自民党は83人もの新人が当選しました。私も、本会議場の席がこれまでは前から2列目だったのが、一挙に5列目になりました。朝の自民党本部での部会(いろいろな分野の政策を議論する場です)も、少し遅れて行くと座る席もないような状況です。また、昨日は総務委員会がありましたが(ちなみに、今回、議事運営の調整をする「理事」に選任されました)、自民党委員の数の多さに改めてびっくりしました。私自身ももちろんですが、新たに当選された議員の皆さんも、今回の勝利に驕ることなく、自分を磨いていって頂きたいと思います。
最後になりましたが、三重第5区は県面積の4割を占める大変広い選挙区です。ざっとご挨拶に伺うだけでも一週間かかってしまいました。失礼の段はお許し頂きたいと思います。
「ふるさとの再生と日本の改革」に全力を挙げて取り組むことをお誓い申し上げて、ご挨拶に変えさせていただきます。

2005年10月

本日、郵政民営化法案が参議院本会議で否決され、それを受けて衆議院が解散されました。
日本は今、大変な岐路に立たされています。国、地方が大きな財政赤字を抱える中で、思い切った改革を断行していかなければなりません。もちろん郵政事業の民営化もその一環です。確かに、郵政公社は黒字を出しています。しかし、この黒字もそう長く続かないのは目に見えています。郵便はじり貧ですし、貯金、簡保もまだ以前の財政投融資(国債金利に0.2%の上乗せがあります)の残高が残っているので何とか黒字になっていますが、この償還が終われば赤字になってしまいます。私は20年ほど前に国鉄の赤字線の整理の仕事を経験しました。赤字になってからでは、厳しいリストラをせざるを得なくなってしまい、過疎地の郵便局はかえって切り捨てられかねません。 

離島や半島、山村などの過疎地を含めて郵便局ネットワークが残り、貯金・簡保業務も継続されることになりました。民営化して、利益を上げ税金を払ってもらう。郵便局の業務の幅を広げ、より積極的に地域貢献業務に取り組んでいただきたい。特定郵便局長や職員組合の皆さんの気持はよく分かります。長い間公務員として地域のために懸命に働いてきたのに身分が変わってしまう、また公社は黒字なのに何故、と思われるのは当然です。しかし、このままではこの先どうなるかをよく考える必要があると思います。
郵政改革の後は、公務員制度改革をはじめ一層の改革に取り組まなければなりません。そうでないと、この国は何も変わらずにずるずると落ち込んでいってしまうのは誰の目にも明らかではないでしょうか。

一方、民主党は一体何をしてきたでしょうか。郵政改革についても何の対案も出さず、抵抗勢力としての動きを示しただけです。これが本当に改革を標榜してきた政党なのでしょうか。一体誰が本当に改革を担い、誰が抵抗しているのかよく見極めていただきたいと思います。
いずれにしても、選挙です。なんとしても、この選挙戦を勝ち抜いて、国家の再生のため、地域の再生のためにさらなる改革に邁進していく覚悟です。 一層のご指導、ご鞭撻をお願い申し上げます。

2005年9月

空梅雨の後に台風、その後は暑い日が続いていますが、お元気にお過ごしでしょうか。
国会は参議院で郵政民営化法案の審議が続いていますが、現時点では先行きが見えません。否決されたら解散の可能性が高い、ということから永田町には妙な緊張感が漂っています。政界は一寸先は闇、とよく言われます。常在戦場、いつ何があってもうろたえることのないように準備だけは怠らずに行きたいと思っています。
これまでの自分自身の2年足らずの政治家生活を振り返ってみますと、多忙な中にも充実した活動をさせていただいているというのが実感です。
当選後、真っ先に手がけたのが東紀州の高速道路問題でした。お蔭様で、地元の皆さんの熱い想いに応えるべく奔走した結果、尾鷲〜紀伊長島間の新直轄採択を勝ち取ることができ、これで勢和多気から熊野までの高速道路の見通しが立ちました。後はこれが一日も早く完成するようさらに頑張っていきたいと思いますし、最終的には紀伊半島に高速道路の輪がつながるようにしたいと思っています。
また、昨年は台風21号の影響で、伊勢、紀伊長島、海山をはじめ地元の各地が大変な被害を受けました。災害救助法の適用から激甚災害の指定、復旧・防災のための予算確保まで息つく暇もなく仕事をさせていただきました。災害対策については、予想される地震・津波対策も含めて、三重県南部の方々が安心して暮らしていけるように、一層力を入れていきたいと思っています。
さらに、この地域の振興のために、新しい観光のあり方や、価格の低迷にあえぐ水産業対策、農業対策、それぞれの地域の特性に応じたまちづくり、福祉政策など多くの課題に取り組んでいきたいと考えています。
国政レベルでは、引き続き、所属している総務、外務委員会の場において、地方の財政問題、国際問題、特に近隣諸国との外交(最近は地域の中小企業、あるいは一次産業も中国をはじめとする近隣諸国との政治関係の影響を受けるようになってきたと思います)に積極的に携わっていきたいと思っています。

また、少子高齢化や人口減少など社会保障や福祉の問題は地域にとどまらず、我が国の行く末を規定する大問題です。容易に答の出ない難問題ですが、国民が安心感を持てる途を懸命に探っていきたいと思います。
国も地方も財政的に余裕がない中で、地域とこの国が生き残りをかけて立ち上がらなければならない時が来ています。優先順位を誤らないように対処していきたいものです。

2005年8月

今月は郵政民営化法案をめぐって大騒ぎがあったため、遅くなってしまいました。
5日の衆議院本会議の採決の模様はテレビでご覧になった方も多いと思います。議場は、少なくとも私が国会議員になってからは経験したことのない、異様な雰囲気に包まれました。否決されれば解散、ということで強い緊張感が漂っていました。
黒字なのに、何故今民営化なのか?過疎地の郵便局は残るのか?貯金・保険業務は継続されるのか?様々な疑問があると思います。第一、この問題が今の日本にとってそれ程優先順位の高い課題なのか、正直言って、私自身も疑問に思っています。

小泉総理は郵政問題を改革の本丸、と位置づけてきました。確かに、これまで郵貯は財政投融資という形で特殊法人の事業などにつぎ込まれてきました。道路公団の改革をはじめとして、この出口の方を締めてきて、今度は入口の改革をというのは自然の流れかもしれません。郵貯・簡保資金の三分の一程は国債で運用されています。今は預金金利がタダみたいなものですから、国債で運用しても黒字が出ます。が、いずれ長・短金利の差が小さくなってくれば、国債での運用は難しくなってきます。ですから、いずれは何とかしなければならないのは事実ですが、何故今か?については、小泉さんが総理だからとしか答えようがありません。
郵便局ネットワークの維持、業務の継続については一応のメドが付いたと思います。まだ参議院での審議が残っており、予断を許しませんが、いずれにせよ、郵便局網は国家的資産であり、地域貢献のためにもより一層の活用が望まれることは言うまでもありません。

国際問題を含め重要案件が山積している中で、郵政民営化をめぐって政局になるようなことがあれば、この国は世界中から国家としての見識を問われることになると強く感じた次第です。

2005年7月

この3日から6日まで、北京と青島を訪問しました。日中協会のお世話で、北京では曾慶紅副主席、劉洪才中央対外連絡部副部長、青島では夏耕市長と会談しました。私にとっては2回目の訪中で、政治家になってからは初めてです。

北京も青島も大変な建設ラッシュで、少なくともこの2都市を見る限り、なるほど中国の経済成長は急ピッチだと納得させられました。しかし、一方であまりに性急な近代化は歪みを生じさせずにおきません。都市も一歩離れるとがらりと景観が変わります。ピカピカの近代的ビルディングと昔ながらの農村風景が隣り合わせになっています。この広い国土と13億の国民をまとめていくのは並大抵ではありません。しかし、万が一中国が内部分裂あるいは崩壊するようなことがあれば、日本を含む近隣諸国は勿論、世界経済にも大変な影響が出ることは間違いありません。

会談では当然のことながら、総理の靖国参拝が話題になりました。中国が関心を持っているのは、靖国、教科書をはじめとする歴史認識の問題それに台湾問題です。後の2つについては、時間がかかるか、日本だけでは解決できない問題です。
中国側は当然、総理の靖国参拝の中止を求めてきました。しかし、これは誰でもそうでしょうが、中国に言われたからと言って止められるはずはありません。一番いいのは、中国側も日本側も、これが問題ですが、マスコミも含めて静かにしておくことだと思います。そうすれば自ずと大人の対応ができるのではないでしょうか。
東アジアの中で、日本、中国、韓国、それにアメリカとロシア、この連携が旨くとれなければ、不安定化してしまいます。最もまずいのは日本が孤立化すること、二番目に悪いのは中国が孤立化すること、三番目はアメリカを排除してしまうことです。私見では中国はこのところ外交を旨くやっているように見えます。中国の外交方針は結構分かり易いのではないでしょうか。ロシアとも永年の懸案であった国境線を確定し、インドともよりを戻したし、中央アジアの国々とも連携を進めつつあります。結局エネルギー確保のためと見るのが妥当ではないでしょうか。過大評価も過小評価も禁物です。国内の不満を爆発させないように、いかにして経済の持続的成長を確保するかということではないでしょうか。まだまだ足腰は強固とは言い難い状況ですし、当の中国政府がそのことは一番よく分かっているはずです。

日本と中国はもう少し重層的な関係を築いていく必要があるのではないか、国だけではなく地方レベルでも、経済だけでなく文化や芸術交流も拡大していく必要があると思います。具体的には、姉妹都市の拡大、修学旅行での若い人達の交流等はどうでしょうか。何と言ってもお隣の国です。近くて遠い国を、近くて近い国として感じられるようにする努力がお互いに必要です。勿論、適切な距離感を忘れずに・・・。

2005年6月

国会では郵政民営化の審議が始まりました。他の法案も含めて、民主、社民両党は審議拒否しています。拒否の理由が必ずしもはっきりしません。法案の中身が気に入らないのであれば、国会で議論すればいいことです。自民党の中にも、私自身も含めて内容については異論があります。審議に戻ってくる時に、どういう理由、というか大義名分で戻ってくるのでしょうか。郵政よりもっと大事なことがある、というのであれば、外務委員会や他の委員会の審議まで止めるのはいかがなものかと思いますが・・・。

それにしても、中国、韓国との関係は益々こじれてしまっています。デモ騒ぎが収まったと思ったら、呉儀副首相の小泉総理との会談キャンセルで政治的には関係が一層悪化してしまったように思いますし、韓国も相変わらずぎくしゃくしています。緊急案件である北朝鮮対策の面では明らかにマイナスですし、こういう状況が続くと、経済関係や観光、文化交流の面でもじわじわと影響が出てくると思います。

5月27日は日本海海戦からちょうど百年。帝国主義時代の最終局面で、日本が欧米列強の一角に加わった瞬間です。その後の歴史の展開はともかく、アジアの果ての島国が、欧米の植民地として呑み込まれることなく、近代化を成し遂げたことは世界史上忘れられることはないと思います。日本が国際社会の一員として認められるように懸命の努力をした一つの例として、日清、日露の戦役を通じて、日本軍が戦争犯罪を絶対に犯さないように当時の国際法を徹底的に勉強したと言われています。今では韓国は勿論、中国でさえ日帰りも可能ですが、あの頃の日本人の方が今よりもはるかにしっかりとした国際感覚も大局観も持ちあわせていたのではないでしょうか。昔を振り返って、あの頃の日本は良かったなどというつもりはありません。明治時代は明治時代で国民の生活も今より大変だったはずです。安易な理想主義やロマンティシズムに流されることなく、現実を見据えて対処していきたいものです。

2005年5月

ゴールデンウィークをはさんだので、遅くなってしまいました。
最初に、JR西日本の事故で亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共に、怪我を負われた方の一日も早い快復を心からお祈り致します。それにしても、信じられないような事故でした。何が原因なのかは調査の結果を待たなければなりませんが、いろんな面で相当な無理があったような気がします。二度とこのような悲劇が繰り返されることのないよう徹底的に検証すべきだと思います。

さて、国会は連休前に郵政民営化関係の法案が閣議決定され、これからいよいよ審議が始まります。いろいろな意見があると思いますが、最終的には、国民の利便性が損なわれることのないようにする必要があると思います。政治の役割は国民に安心してもらうことであって、決してその逆ではありません。それだけは肝に銘じて対応したいと思っています。

話は変わりますが、中国や韓国での反日デモは、一体どこまでエスカレートするのか心配しましたが、その後終熄に向かいました。もちろん火種が消えた訳ではなく、これからの日本外交はやっかいな舵取りを強いられそうです。それぞれの国が国内に問題を抱え、日本の常任理事国入りに関連してアジアにおける主導権争いの様相もあり、おまけに北朝鮮は不穏な動きで盛んにアピールしようとしています。挑発に乗らず、しかし毅然たる態度を保持しなければなりません。アジアは、欧州と違って共通の文化的、社会的あるいは宗教的基盤がある訳ではありません。安易な共同体幻想は抱くべきではないし、またそれが米国を排除したものである場合はなおさらだと思います。
日本は、外から見れば、自分が思っているほど小さくはないけれど、そんなに大きくもないのではないでしょうか。
いつも、熱い想いと醒めた目でこの国を見て行きたいと思います。

2005年4月

早いもので、今年ももう4月になりました。入学、就職の季節です。この季節になると、もう随分前の、自分の入学や就職のことを思い出します。あの頃はまだ、日本人は皆それぞれに希望に胸を膨らませてこの季節を迎えたものでした。

先日、この国で、ニート。学校にも行ってない、就職もしていない、訓練も受けていない)の人達が85万人を超えたとの報道がありました。いろいろな事情があるのだとは思いますが、このうち半分は自発的にニートの道を選んだ人だそうです。しかも、彼らは人一倍、自分達の老後に不安を感じているとのこと。親が元気な間はまだいいとして、その後は一体どうするのか? 社会に出れば、人間関係が煩わしいと思うこともあるでしょう。いやな仕事をやらされることもあるでしょう。しかし、人が生きるというのはそういうことではないのかな、と思います。喜怒哀楽があって人の生活があり、仕事もいやなこともあるでしょうが、充実感もあるはずです。日本人は我慢という言葉を忘れてしまったのかもしれません。

若い人達に迷いがあるのは当然です。自分もそうでした。しかし、途中で投げ出したら、何も達成できず、自分より他人や周囲を責めてしまうことにしかならないのではないでしょうか。ニート化の原因はいくつも挙げられるし、人によっても違うでしょう。 しかし、この国が、自己責任原則に舵を切ろうとしている時に、何とかなるだろう、誰かが何とかしてくれるだろう、自分の責任ではない、という人達が増えてきたのは皮肉な現象としか言いようがありません。
家族や会社や地域という共同体が解体しつつある中で、もう一度、個人の自由とは自己責任が伴うものだということを認識する必要があると思います。
の役割はこうした現象の根本にある問題に処方箋を書くことです。社会保障、教育、地域社会のあり方、権利ばかりではなく国民の義務は何かを改めて提示する必要に迫られているような気がしてなりません。
とにかく、春になりました。この手で、新しい苗を植えてみようかなと思います。

2005年3月

先月23日と25日に、外務委員会と予算委員会で質問しました。
外務委員会では、日米の安全保障協力について。米軍の世界規模での再編と我が国の対応、これからの基地の使用方法、中国の反応等、今後の日本の国防の根幹に関わる問題について質問しました。

予算委員会では、中部国際空港と伊勢志摩、熊野古道の観光開発、道路整備、宮川の河川改修、尾鷲港、宇治山田港の改修計画等防災の問題も絡めて、地元に密着した問題について政府の見解を質しました。

外交・国防という国家政策の基本に関わる問題と地元の具体的な問題、一見かけ離れた事柄のように思われるかもしれませんが、どちらも重要性においては変わらないと思います。地域があって国家があり、国家があって地域があると確信しています。
ところで、今、ライブドアとフジテレビが日本放送の支配権を巡ってバトル?を繰り広げています。皆さんはどう思われますか。日本は市場主義の衣を着た社会主義国だと言われていました。アメリカ型の弱肉強食の資本主義がグローバリズムという名のもと、世界を席捲しています。確かにこれまでの日本的なもたれ合いではやっていけなくなってきているのは事実です。しかし、悪い言葉で言えば、金に明かせて何をやってもいいということではないと思います。当然のことながら、資本主義にもルールと、もっと言えばそれを支える倫理観が必要なのではないでしょうか。

人間の歴史を振り返ってみると、特に経済の分野では、時代時代で多少の違いはあれ、人間の欲望とそれのコントロールの繰り返しのような気がします。経済の運営方法も、歴史や文化や風土を反映します。相手のことも考えないといけないと思います。いわゆるグローバリズムの否応ない展開が、発信源の米国さえコントロール不可能になり、今よりもっと大規模な「文明の衝突」に至らなければいいけど、と危惧するのは私だけでしょうか。
それはともかく、もう3月です。春です。新しい季節の風を感じながら、少し遠くに目を向けて、前を向いて歩いていきたいと思っている今日この頃です。

2005年2月

先月21日に通常国会が開会になりました。

テレビで本会議の模様をご覧になった方も多いと思います。私自身は、何故民主党の議員が退場したのかよく分かりませんでした。確かに小泉総理の答弁も素っ気ないものだったのは事実です。しかし、それだけで議場を退席するというのが理解できませんでした。
岡田さんの質問の内容や小泉さんの答弁の中身より、議場でのパフォーマンスばかり目立ってしまいました。昔と比べて、国会、あるいは国会議員の格調が落ちた?と思うのは私ひとりでしょうか。ひょっとすると、イデオロギーの対立がなくなり、かといって政策の違いも際だたせることができない状況のなせる業かもしれません。

今国会では、何と言っても郵政民営化が焦点です。当地域では、特に高齢者が多く、銀行の支店もないよう地域の郵便局は維持されるのかが最も切実な問題です。その他にも、350兆円に上る郵貯・簡保資金の運用をどうするのか、国家財政の運営や日本の金融システムに与える影響もよく吟味する必要があります。これからの法案化の過程で、以上の諸点、中でも地域住民の生活に支障を来すことのないよう十分に配慮しつつ対応していきたいと思います。

さて、話は変わりますが、最近、以前に読んだ塩野七生さんの「海の都の物語」を久しぶりに読み返し始めました。これはイタリアのベネチア(ベニス)という資源も何もない、海に浮かぶ小さな都市国家が千年にもわたって国家を維持しえた秘密?、秘訣と言った方がいいかもしれません、を示唆する名著だと思います。今よりもはるかに緊迫した国際情勢の中で、この小さな国がどうやって繁栄を謳歌できたのか、以前読んだ時とは自分のおかれている立場も変わった今、新たな気持で読み返してみたいと思っています。
最後に国を支えるのはやはり国民の気概であることは間違いありませんが・・・。

2005年1月

新年明けましておめでとうございます。

昨年年は災害の年として記憶されることになりました。わが国のみならず、年末にはスマトラ島沖地震と津波によって空前の被害がもたらされることになりました。この地震、津波の災禍は他人事では済まされません。災害に強い地域づくりを目指して頑張っていきたいと思います。

さて、年はどんな年になるのでしょうか。第二次世界大戦の終結から丸六十年、日本が世界史の表舞台に飛び出した日露戦争の勝利からちょうど百年になります。日露戦争の四十年前、年は慶応元年、幕府の長州征伐の年、翌年には明治維新の実質的な起爆剤となる薩長同盟が成立します。
一方、第二次大戦の終結から四十年後の 1985年は、いわゆるプラザ合意の年、日本のバブル経済の始まった年です。どうもこうして見てみると、日本はほぼ四十年ごとに大きな歴史の転換期を迎えるようです。
今年はバブルから二十年、四十年周期のちょうど真ん中に当たります。ただ、これまでと違うのは、これからの二十年は日本が人口減少期に入るということです。
歴史上恐らく初めての事態が進行していく中で、日本がこれからどうやって生きていくのか、国際社会の中でどう振舞っていくのか、多くの高齢者と少ない子供の社会をどう切り盛りしていくのか、税金を上げるのか、支出を切り詰めていくのか、バランスをどうとっていくのか、容易に見つからない出口を探して進んでいかなければなりません。 言っても始まりませんが、日本は少し急いで金持ちになりすぎたのかもしれません。しかし、いったん手に入れたものは誰だって手放したくはないでしょう。誰もが自動車を持ち、誰もが海外旅行に行くというような時代を六十年、いや四十年前に誰が想像できたでしょうか。

日本は確かに豊かになりました。しかも平和でした。程度の差はあれ、皆がほぼ平等に、生活の向上を達成してきました。外国と比べて、物価が高い、ウサギ小屋みたいな家に住んでいると言われたりしましたが、治安は安定し、生活の不安も殆どない社会を築きあげてきました。 それが、今では崩壊の危機にさらされています。今更鎖国は出来ません。かと言って、移民の自由化も含めた完全な開放体制も採れないでしょう。

日本人は六十年前の敗戦の時以来初めて、個人の生活も含めて社会の存立の不安を感じつつあるのかもしれません。國、地方の膨大な借金をどうやって返していくのか、歳出削減と行政の効率化だけで達成できるのか。増え続ける社会保障関係の負担をどうするのか。國は外交、国防、治安だけやっていればいいのか。国家のあり方に対する根源的な問いかけが投げかけられようとしています。

今、私たちに求められているのは、自ら考え、自ら行動することではないかという気がします。社会情勢の変化はいつの時代にもあります。浅く考えれば愚痴が出る、深く考えれば知恵が出る、と言います。自らが変わらずに、外の世界だけ自分の都合の良いように変わるはずがありません。「改革」という言葉は、他人のことではなく、自己改革であるということを肝に銘じて21世紀の5年目の年を乗り切っていきたいと思います。
この一年が皆様にとって幸多き年となりますよう心からお祈りします。

本サイトに掲載されている画像・文章等全ての内容の無断掲載・引用を禁止します。
Copyright Norio Mitsuya All Rights Reserved.

三ツ矢憲生事務所

伊勢事務所
〒516-0008
三重県伊勢市船江3-15-8
TEL 0596-21-0328 / FAX 0596-21-1328
mail:mitsuya1@siren.ocn.ne.jp
議員会館
〒100-8981
東京都千代田区永田町2-2-1
衆議院第一議員会館913号
TEL 03-3581-5111 / FAX 03-3508-5210
mail:h07276@shugiin.go.jp