のりおの声

2017年5月

 5月に入りましたが、先月からこの間様々な動きがありました。まず、北朝鮮ですが、これまで強硬一辺倒かと思われていたアメリカと北朝鮮の動きに変化が見られるようになりました。中国がアメリカの働きかけもあって、今回ばかりは本気で動き始めたように見えます。その効果もあってか、米朝が接触をしようとしています。トランプ大統領の発言にも変化が見られます。ただ、どこを落としどころにしようとしているのかは依然はっきりしません。日本にできることは多くはありませんが、こちらの事情もアメリカにはしっかりと伝えておく必要があるでしょう。
 それからつい先日、韓国の新しい大統領が決まりました。文在寅氏が今後どのような政策を取ろうとしているのかはっきりしませんが、北朝鮮に対して融和的な姿勢を示し、逆に日本に対しては厳しく対応してくる可能性はあります。北朝鮮情勢が緊迫する中、今後の外交政策が気になるところです。
 フランスでは、若いマクロン氏が大統領に当選しました。EU崩壊の危機も心配されましたが、まずは世界中が一安心と言ったところだと思います。世界中で反グローバリズムの動きが見られます。気持ちは分からないでもありませんが、人間の歴史、特に20世紀以降の歴史を眺めた時に、多くの戦争の原因になったのが、偏狭なナショナリズムであり、孤立主義やブロック化であったことをもう一度想起する必要があると思います。ただ、野放しのグローバリズムは弱肉強食の世界しかもたらしません。これは国際的にもそうですが、一国内でも大きな格差をもたらし、分断と諍いの原因となります。これを適切にコントロールする国際的なルールが必要なのは言うまでもありません。冷戦後の世界はまだ新しいルールを構築しきれていません。そのためには今一度、人類は知恵と勇気と善意を取り戻さなければなりません。ものすごく難しいことですが、これをやらないと世界はただ力の強いものだけがのさばる状態に逆戻りしてしまう恐れがあるのではないでしょうか。
 最後に地元のことですが、先月、衆議院議員選挙区画定審議会から新しい区割りの勧告案が出されました。三重県は定数が一つ減りますが、新4区は現5区に多気郡が加わる案となっています。近く法案が提出され、成立すれば新選挙区が確定することになります。今回の議論の過程で考えさせられたのは、国会議員、特に衆議院議員って一体何なのか、ということです。代議士と呼ばれるのは地元選挙区の声を代弁するからこそであり、地元があって初めて成り立つ仕事だということでした。そんな当たり前のことを改めて痛感させられた次第です。

2017年4月

 今年も桜の季節を迎え、新年度となりました。
 国会も森友学園問題や防衛省の日報問題を除いては大きな波乱もなく、予算もすんなりと成立し、後半戦を迎えようとしています。
 外務委員会でも日米等の物品役務相互提供協定という条約の審議の際に、総理や防衛大臣の出席の機会があったのですが、条約の審議はそっちのけで、森友と日報問題の質問ばかりでした。報道もあったので、どうして外務委員会で外交とは無関係の質疑がされているのか不思議に思われた方も多かったのではないでしょうか。外交では日米関係、北朝鮮問題、韓国の状況、日露関係等々課題が山積している中で森友や日報問題に多くの時間が割かれたことに、委員長としては内心忸怩たるものがありましたが、質問権を封じるわけにもいかず、あのような状況になった次第です。
 それにしても、最近つくづく感じるのは、世の中どうしてこうも胡散臭い話が多くなってしまったのか、ということです。森友しかり、国会とは関係ありませんが、てるみくらぶという旅行会社の倒産問題しかり。今に始まったことではないかもしれませんが、世の中善意の人ばかりではありませんし、受け止める側にも本物と偽物を見極める眼が必要だということではないでしょうか。問題は、以前よりもはるかに情報媒介の道具が増えて、人にまがい物も本物だと信じ込ませる手段が多くなったことにあるような気がします。公共の媒介手段の場合は特にそうですが、公的なものであるか私的なもの(いわゆる口コミなどは特にそうです)であるかを問わず、多くの媒介で取り上げられることによって世間に知れ渡ると、それだけでまるで本物であるかのように信じ込んでしまう傾向が強くなってきたような気がします。
 政治の世界においても同じことが言えるかもしれません。相手の意図や思惑が奈辺にあるのか、ただ単に利用してやろうとしているだけなのか、何を実現したいと考えているのか、しっかりと見極める必要があります。それはもうひょっとすると、受け止める側の嗅覚の問題なのかもしれません。
 現代に限らず、昔から騙したり騙されたり、利用したり利用されたり、そんなことの繰り返しだったのかも知れません。自分というものをしっかりと持ち、本物を見極めるだけの確かな眼力と嗅覚を身に着けて、ぶれずに生きていきたいものです。最近の一連の騒動を目の当たりにしてそんな気持ちを新たにした次第です。
 今はしかし、花の盛りです。そんなことは脇に置いて、束の間ではありますが、満開の桜を愛でながら、日本人に生まれたことの喜びと幸せを噛みしめたいと思います。
 今年度もよろしくお願いいたします。

2017年3月

 3月になりました。まだ時折り肌寒い日もありますが、明らかに日差しが春めいてきました。今年は桜の開花も早いのではないかなと思ったりしています。
 最近、江戸時代の庶民の生活に興味を持って、いくつか関係の書物を紐解いてみました。もちろん今の時代よりはるかに貧しい生活をしているのですが、それなりに季節を楽しみ、現代人より豊かに生活をエンジョイしているところも多々見受けられます。春の花見、夏の夕涼み、秋の月見等々、季節を感じ、季節の食材を味わい、人との交流を楽しむ。私の読んだ江戸時代の下級武士の生活記録でも、春先に鰹を食し(ちなみに鮪よりもはるかに高価です)、夏には白玉やスイカを味わい、秋には新米です。また折々に屋台で鮨、天麩羅、蕎麦なども食しています。結構昼間から飲酒したりもしています。
 さらに、時折りは芝居見物やら三味線の稽古などにも精を出しています。もちろん仕事もしながらのことであるのは言うまでもありません。まあ、こういう生活を羨ましいと思うかどうかはともかくとして、今の我々よりはるかにゆとりがあるのは間違いありません。
 おそらく江戸時代を通じてこういう生活が繰り返されてきたのだと思います。人口は大雑把に言って3000万人少し、今でいうGDPも米の生産量で測られるわけですから、新田開発でも行われない限り、それほど大きくは増えなかったと思われます。
 何を言いたいのかと思われるでしょうが、我々はあまりにも経済成長ということに捉われすぎてきたのではないかということです。一人一人の生活のレベルは勿論維持・向上させる必要はありますが、総体としてのGDPの成長にそんなにこだわる必要があるのか、ということです。成長し、所得が上がり、消費が増えるという循環がいつまで続くのでしょうか。いわゆるグローバル化とAI(人口知能)をはじめとするテクノロジーの進化が進む限り、デフレ圧力はかかり続けるでしょう。それほど所得水準が上がらない状況のもとでは、むしろ物価が下がる方が個々人の生活水準は上がると言えるかもしれません。
 日本だけでなく、世界の先進国はどこも低成長の時代に突入してきています。
日本でも若い世代も含めて低消費になってきています。そして物質的にはそれほど大きな不満は感じていないように見えます。
 少なくとも経済の面において、人間の生活にとって何が大切なのか、これまで自明とされてきた総体としての経済成長に代わる新しい価値観が求められる時代になってきたのかもしれません。

2017年2月

 年が明けてから、あっという間に一か月が過ぎてしまいました。この間、最大の話題と言えば、なんといってもトランプ大統領でしょう。
就任後わずか10日ほどの間に矢継ぎ早に大統領令を10数本も発出しました。ほとんどが選挙中に主張していたことであり、また前政権の政策をひっくり返すような内容のものです。
 アメリカという世界一の強国、大国が世界の他の国々にとって、一夜にして極めて不安定で不確実な国になってしまいました。まだ閣僚を含め政府高官のポストが確定していない中で、トランプ旋風が猛威を振るっているように見受けられます。
 アメリカ国内でもいまだに激しい反トランプのデモや抗議運動が展開されています。しかし、注意して見ると、そうしたデモや抗議行動は東西両岸の大都市で多く見受けられるような気がします。それ以外の地域では、それほどでもないようです。たとえば、驚いたことに例の7か国からの入国禁止措置については、世論調査では49%が賛成、反対は41%となっています。アメリカは元々移民の国、多様性の国だと思っていたのに、この調査結果です。この調査結果を見て思うのは、アメリカには人種や宗教、あるいは単に安全保障や治安の維持の観点から、異人種や異教の移民をこれ以上受け入れたくないという人たちが一定割合いるんだなあということです。トランプ大統領の政策がそれらの人々の心情にマッチしたということなんでしょうか。
 さはさりながら、私には、トランプ大統領の政策は、久しく指摘されてきたアメリカ国内の分断をさらに助長するように思われます。それはアメリカが益々不安定な状況に進んでいくことを意味します。そしてそれはとりもなおさず、世界中が不安定な状態に置かれることにつながります。
 第二次世界大戦後、世界はアメリカのリーダーシップのもとに枠組みと秩序を形作ってきました。それはアメリカという国の主導する理念に基づいて作られてきたものです。もしアメリカがその理念を、たとえ一部ではあっても、放棄あるいは変更するということになれば、これまでとは別の理念に基づく秩序が求められることになります。それも仕方のないことかもしれませんが、少なくとも新秩序は世界中の多数の国が支持するものでなくてはなりません。
 それが何なのか、誰が主導するのか、私にも分かりません。世界は混沌の時代に突入したのかもしれません。
 しかし、今となってみれば、私にはこれまでの世界はいろいろと問題をはらみながらも、そんなに悪くなかったような気もするのですが。

2017年1月

 明けましておめでとうございます。暖かいお正月でしたが、いかがお過ごしでしたでしょうか。私の方は、例年通り地元の挨拶回りと、総理の伊勢神宮参拝に同行したりで変わり映えのしない、穏やかな正月でした。
 ところで、今年はなんと言っても、後10日ほどに迫ったトランプ新大統領のことで話題は持ちきりです。就任前からトランプ氏のツイッター発信に世界が右往左往させられています。何やら前途に予断を許さない激震を感じさせるものがあります。もちろんトランプ氏個人の個性というかキャラクターによるところも大きいのでしょうが、彼のような人物の登場を準備した時代の変化のマグマのようなものを感じざるを得ません。
 それにしても、今年世界で何が起こるのか全く予想がつきません。これまで第二次世界大戦から冷戦を経て、一時はこれで世界を動かすシステムというかルールが確定したかと思われたものが、フランシス・フクヤマが歴史の終わりと呼んだ状況が、今や新しい歴史の始まりになろうとしているのかもしれません。長い間世界のルールとして定着したように見えた欧米流の価値観が別のルールにとって代わられるのか、あるいは相も変わらず、結局力の強いものが世界を支配していくのか、それとも従来の価値観が息を吹き返すのか、あまりにも不確定な要因が多すぎるような気がします。
 そんな中で、日本がどういう立ち位置で世界と向き合うのか難しい舵取りが求められます。私には、例えばトランプ氏が言うような、偉大なアメリカの復権などというのはよく理解できません。アメリカは今でも世界で最も強力な国です。ただ他の国が力をつけて相対的にアメリカの優位性が以前ほどではなくなったにすぎません。スローガンとしてはいいかもしれませんが、本気で昔のような絶対的優位性を取り戻そうとしたら、他者の反発を買うだけでしょう。
 日本についても同じことが言えるかもしれません。生き馬の目を抜くような弱肉強食の世界で日本が生き延びていくためには、これまでよりしなやかで強靭な外交政策が必要になってくるでしょう。自分が変わらなくても、周りがどんどん変わっていく時に、ただただ立ち止まっている訳にはいきません。アメリカもヨーロッパも中東もアジアも大きく動こうとしています。今年は世界の動きから目が離せない年になりそうです。しっかりと対応していけるように頑張りたいと思います。
今年一年が皆様にとりましてより良き年になりますよう、こころからご祈念申し上げます。

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