のりおの声

2019年5月

 元号も令和に改まり、新天皇も即位されて新しい御代を迎えることになりました。昭和の二十年代に生まれた私などから見ると、平成の30年間はあっという間に過ぎ去ったような気がします。実際には冷戦の終結やバブルの崩壊、大きな災害や実にいろんなことが起こったのですが、過ぎてみるとあっという間だったなあと思います。人間の一生なんてものも多分過ぎ去ってみればあっという間だったと感じるんでしょうね。そんなこと考えながら令和の始まりを迎えました。
 もう一つ思うのは、この30年間で日本人の価値観もかなり変化してきたのではないかということです。私が言っているのは、高度経済成長やバブルを経験した我々世代ではなく、もっと若い世代のことですが、彼らが日本社会で多数を占めつつある、あるいは社会の中堅を担うようになりつつある現在、グローバリズムからよりローカルなものへ、集団主義から個人主義へと価値の基準が変わりつつあるような気がして仕方ありません。仕事も組織のために身を粉にして働くというスタイルからもっと個人の生活を大事にする方向へと意識が変わりつつあるように思えます。何故こうなってきたのかは一言ではなかなか説明できないと思いますが、若い世代は生まれた時から少なくとも物質的には殆どのモノが揃っていて、我々の世代のように物欲が強くないということもあるでしょうし、親の世代がリーマンショックやその後の不況で手痛い目に遭ったこともあると思います。また自分たちもひょっとすると就職氷河期に学校を出て、就職に苦労したということもあるかもしれません。
 私個人は日本も本当の意味で成熟社会に突入し始めたのではないかと思っています。この国の人口構成上多数を占めるいわゆる団塊の世代はまだまだ日本が貧しい中、経済成長と個人の物質的豊かさを求めて、時には個人の生活を犠牲にしてまでがむしゃらに働いてきました。しかし、ある意味、精神的には貧しい時代を引きずってきたのではないでしょうか。しかし、若い世代は違います。彼らはもう少し自分の生活を大事にしようという意識が強いと思います。その点、言葉が過ぎるかもしれませんが、貧乏人マインドを逃れているのではないでしょうか。逆に言えば、少なくとも物質的には足るを知る生活スタイルになってきているし、車やブランド物ではなく、自分の趣味にお金を使うようになってきています。
 政府がいくら経済成長を声高に唱えても、給与が上がらないということは差し置いても、なかなか物の消費は増えなくなってきています。大量生産される画一的な商品は彼らの興味の関心外のような気がします。彼らのニーズに合った商品やサービスを供給しない限り消費は増えないかもしれませんし、企業の側にも相応の努力が求められていると思います。同時に、経済成長という言葉で、高度成長やバブルを思い浮かべるのは最早幻想かもしれません。
 令和の時代は、やっと日本がたどり着いた成熟社会として相応しい経済システムとライフスタイルを作り上げるチャンスだと思います。何が国民にとって幸せなのか今一度しっかりと考えなおしてみたいと思っています。

2019年4月

 花冷えとは言え、満開の桜が咲き誇る中、新しい元号が令和と決まりました。平成も残すところあとひと月になってしまいました。
 前回、昭和から平成に元号が変わった時、ああ、これで昭和も終わりだなあと一しきり感慨にふけったことを思い出しました。しかし、今回は不思議とその時のような感慨は湧いてきませんでした。皆さんはどうだったでしょうか。もちろん、前回は昭和天皇が崩御されたことによる御代替わりということもあり、また自分が生まれた時代が明日から呼び名が変わるということもあって思いも一入だったのかもしれません。それに、というか、それにも増して、昭和という日本の歴史の中でも大激動の時代が終わるという思い入れもあったように思います。平成生まれの人達はあるいはそんな思いもあるのかもしれませんが。
 いずれにしても、令和の時代がこの国と、この国に暮らす我々にとってより良い時代になってほしい、そうしなければならないという思いで新元号発表を受け止めました。
 ところで、最近のニュースで特に気になることが一つありました。それは、中高年(満40歳〜満64歳)の引きこもりが61万3000人もいるということです。これはいわゆる団塊ジュニアの人達が学校を卒業する頃、日本はちょうど就職氷河期で、就職が非常に厳しかったこととも関係しているようです。そのこととの関連で思い浮かぶのは、昨日もテレビで新入社員の入社式の模様がニュースで流れていたことです。世界の中でも入社式がニュースになる、あるいはそもそも入社式なるものがある国がどれだけあるのでしょうか。こんな時代になっても日本は新卒者優先ですし、いまだに就職活動の解禁日をどうするかで揉めたりしている国です。最近でこそ企業は中途採用を増やしてきていますが、そもそも非正規だった人が企業に中途で正規社員として採用されるかどうかは相当厳しいのではないかと想像してしまいます。それが証拠に例えば40代の引きこもりの人達は20代前半で引きこもりになってしまった人が多いとのこと。
 このままでは、この人たちが高齢化したときにどういう事態が起こるか想像に難くありません。まして、今後AI化が進んで来ることを考えれば、何とかしてこの人たちに今のうちに職業訓練などを通じて社会に出るチャンスを作る努力が必要だと思います。
 日本は社会全体では人手不足だと言われて、外国人の労働者も増やそうとしていますが、 もっと若い引きこもりの人達(15歳〜39歳)の54万1000人と合わせると、なんと115万人を超える労働力が潜在していることになります。
 もう4月1日の新入社員入社式はやめて、少なくともニュースで取り上げるのはやめにして、社会全体でこの問題に取り組んでいく必要があると思います。
日本という国は、運が悪かった、の一言で人の一生を決めてしまうような社会ではなかったはずですし、そんな国にしてはならないと思います。
令和時代が幕を開けるに当たってそんなことを強く感じた次第です。

2019年3月

 注目されていた米朝首脳会談が終わりました。決裂という言葉が適切かどうかは分かりませんが、何の合意もないままに終わりました。一部に日本はこの結果を喜んでいるという報道があります。下手に中途半端な合意をされるよりは良かったとは思いますが、完全に行き詰まってしまったとすると、これはこれで今後の心配の種も残ります。つまり、北朝鮮がこれまでのような路線を変えない可能性が出てきてしまったということです。
アメリカが言うように、北朝鮮が核の完全放棄を約束することなく制裁の完全解除を求めたのか、アメリカが事前の予想を覆すようなより厳しい条件を突きつけたのか、本当のところはよく分かりません。国内の経済が悲惨な状態になっている北朝鮮と、国内で政治的に苦しい状況にあり、外交で成果を上げたいトランプ大統領と、合意の条件は整っていたのは間違いありません。とりあえず日本にとっては一安心というのが本心だと思います。
 ここで一つ頭の体操です。もし、米朝が何らかの形で合意し、朝鮮戦争の終結宣言でも出されたら、東アジアの政治情勢、日本を取り巻く環境はどうなるのでしょうか。合意の内容にもよりますが、もしアメリカが北朝鮮の核保有を容認し、ICBM(大陸間弾道弾)の開発断念だけで妥協する、つまり米本土の安全さえ確保されればよしとするとすれば、日本にとっては最悪のシナリオになります。北は核を保有したまま、いずれ遠くない将来に南北統一も実現するかもしれません。となると日本にとっては隣に核保有国が生まれることになります。その時は当然、在韓米軍は引き上げています。アメリカは世界の警察官の役割をやめようとしていますから、想定しておかなければならない事態です。もっと言えば、在日米軍だってどうするのか分からないと思います。中国との関係があるのでそう簡単には引き上げないでしょうが、その時日本はどうするのかまで考えておかなければなりません。
 あくまでアメリカに守ってもらうようにできることは何でもやるのか。アメリカ以外の国と同盟するのか。単独で自衛力を強化するのか。日本は戦後一貫して第一の道を選んできたし、アメリカの意向でもあったわけですが、今後もそれが可能かどうかは分からなくなってきました。トランプ大統領はしばしば日本に限らず海外からの駐留米軍の引き上げや米側の負担の軽減に言及しています。そしてこれは今後別の大統領になっても引き継がれていくのではないでしょうか。では、日本はどうするのか?アメリカ以外に信頼するに足る相手があるのか?自前で国防体制を強化するのか?その場合、どこまでやるのか?やれるのか?私自身もまだ確たる答えが用意できているわけではありません。
 米朝首脳会談は決裂したわけではない、と言われていますが、今後どうなるにせよ、日本はこれを自分の問題として捉えないといけない状況に置かれているということを再認識さすべきだし、自分でもよくよく考えてみたいと思っています。 

2019年2月

 通常国会が始まりました。今年は間に統一地方選挙や新旧天皇陛下のご退位、ご即位が予定されており、また7月には参議院選挙もあるので、かなり窮屈な日程での150日間になりそうです。
 そんな中、いきなり厚生労働省の毎月勤労統計のいい加減な、というか法律に違反した処理が大きな問題になっています。この件に関しての私の率直な感想を言わせてもらえば、霞が関もここまで無責任で杜撰になってしまったのかという大きな失望感です。
 言うまでもなく統計は政策のベースになるものであり、それが間違っていたり、実態を正しく反映していなかったりすれば、政策も誤ったものになってしまいます。何故こんなことが起きるのか、何が原因なのか、よくよく解明する必要があると思います。考えてみると、責任感と誇りは裏腹な関係にあるような気がします。誇りがなければ責任感も持てない。責任感がなければ誇りも持てない。誇りは自分の仕事に対する他からの評価に左右されます。統計という仕事は地味でなかなか目立ちにくいし、積極的な評価も受けにくいかもしれませんが、ここを間違えるとすべて間違えてしまう大事な仕事です。まさか意図的にやったわけではないでしょうが、ただ面倒くさいから、手間がかかるから手を抜いたでは済まされない問題だと思います。
 もう一つ、直近の話題として、細野豪志議員の自民党の派閥入りの件があります。一言でいえば、節操も何もない、自分だけの生き残りのためには何でもやるタイプの人なんだなあ、ということですかね。もともと節操とか信念があったのかどうかよく知りませんが、旧民主党から自民党に鞍替えした人は他にも何人かいます。本来は自民党から出たかったのだけれど、小選挙区制の下では難しかったのでしょうね。しかし、その人たちは往々にして民主党時代は盛んに自民党批判をやっていた人たちです。政治家に羞恥心や一貫性を求めるのは野暮だという人もいるかもしれませんが、少なくとも彼らを選んできた選挙民の人達はどうおもっているのかくらいは考えた方がいいと思います。私が彼らの選挙区の人間だったら、二度と彼らの言うことは信用しないだろうと思います。一度しかない人生なんだから、人間として恥ずかしくない、後ろめたくない清々しい人生を歩んだ方が、本人もよっぽどきもちがいいと思うのですが、そんなこと思うのは私だけでしょうかねえ。
 いずれにしても私にはまねのできない生き方であることは間違いありません。
それに引き換え、と言うと語弊がありますが、大坂なおみ選手の全豪オープン優勝はなんと清々しかったことでしょうか。試合後のインタヴューでの、奢らず、卑屈でもなく、それでいてちょっと恥ずかしそうな爽やかな応対も素晴らしかったと思います。
 誇りと恥は紙一重。いつまでも恥を知る人間でいたいなあ、とここのところの一連の出来事を通して改めて感じた次第です。

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