のりおの声

2020年10月

 早いものでもう10月。つい先日まで暑い暑いと思っていたら、町には金木犀の甘い香りがあちこちに漂うようになりました。私事ですが、生家の玄関先に金木犀が植えられており、子供の頃からこの香りと秋は切っても切れない懐かしい思い出です。
 ところで、今月から東京もいわゆるGo Toキャンペーンの対象になり、各地の観光地はこの週末あたりからにぎわいを取り戻しつつあるようです。やっと、という感がしないでもありませんが、フランスのように夏のバカンスシーズンにやっぱりキャンペーンをやった結果、パリよりも南フランスなどの観光地で感染者が急増したというような話も聞きます。フランスと日本では地域事情も国民性も違うので、乱暴なことは言えませんが、やはりちょっと心配ではあります。大きな感染拡大がないことを祈るばかりです。
 コロナと言えば、ちょうど大統領選挙の真っ最中ということもあって、トランプ大統領が感染したことが大きなニュースになっています。マスクをつける様子もなく大勢の人だかりの中で演説したり、大丈夫かなと思っていたのですが、やはりという感は否めません。このことが大統領選挙にどう影響するのか注目されるところです。私見ですが、トランプ大統領に有利に働くとは思えません。同情よりも、多分それ見たことかという反応の方が多いのではないでしょうか。いずれにしてもは早期の回復をお祈りしたいと思います。
 それともう一つ今話題になっているのが、日本学術会議の会員任命問題です。推薦のあった105名のうち6名の方が任命されませんでした。一般の国民にとっては学術会議って何だろう、くらいの存在かもしれません。この会議は学問の世界の国会とも言われていて、様々な分野で提言を行ったりしています。通常は学術会議の中で推薦された人がそのまま承認され、総理大臣から任命されることになっています。ところが今回は6名の方が任命されないという異例の事態になりました。学術会議の在り方にも問題があるとか、任命しない権限も総理大臣にあるとかの議論はありますが、前者については問題がるのであれば、法律に基づく組織なのですから国会で議論すればいいし、任命権は総理にあるのは事実です。
また、学問の自由に侵害だとの意見もありますが、それも極端な主張だと思います。
しかし、これまでの慣例を破ってまで推薦を受けた人のうち数名を任命しなかったのですから、少なくともその理由は説明すべきではないでしょうか。
 菅内閣は高い支持率を得て順調な滑り出しを見せているようですが、それは国民にとって役に立つ政治をやるという姿勢が支持を得ているからであって、そのためには政府の決定したことについては国民に対して明確な説明がなければなりません。そうでなければ、政府がやっていることが本当に国民の役に立つのかどうか判断のしようがないのではないでしょうか。
 今回の件はひょっとすると民主主義の根幹にかかわることなのかもしれません。

2020年9月

 8月28日、安倍総理の突然の辞意表明。安倍さんの体調を巡ってはいろんな情報(噂)が飛び交っていましたが、まあもう少し治療を続けて様子を見ながら続けるのではないかというのが大方の意見でした。ところが、まさかの辞意表明、驚いたのは私ばかりではなかったと思います。
 そして今、あっという間に総裁選挙の真っただ中に放り込まれてしまいました。3者が立候補表明したのはご存知の通りかと思います。そして今回の総裁選はコロナ禍の中で、緊急事態であるとして政治的空白を作らないとの理由で、党員投票を省略する形で進められています。しかし、第一次安倍内閣の時と違って、今回は次の総理誕生までは現安倍内閣が仕事を続けるわけですから、実際には空白は生じないのですが。おかしな話です。何か別の思惑があるようにしか見えません。私は党員投票を実施すべきだとの若手の用意した要望書にも署名しました。しかし、決まった以上仕方がありません。
 その後の動きはご承知の通りです。殆どの派閥が、勝ち馬に乗らなければと、菅氏の支持に回りました。菅さん、選挙後のポストの配分に苦労するだろうし、醜い争いが起こるだろうと今から想像してしまいます。国民の目にはどのように映るのだろうか心配です。
 それはともかく、当然のことながら、私は自分が所属している岸田派の会長が立候補しているわけですから、全力を尽くして岸田を支援していきたいと思っています。
第二次安倍政権の下で、国内では確かに企業収益は改善し、株価は上がり、有効求人倍率もあがりました。しかし、企業も個人もアベノミクスの恩恵を受けた人たちは、その収益を貯めこんでしまい、実需が増えていませんし、給与も上がっていません。金利をゼロにしてお金をばらまいたけど、貯金や株や不動産に回ってしまいました。その結果、アメリカほどではないにしても、日本でも持てる者と持たざる者の格差が開いてしまったんだと思います。
 また、国際的には自国第一主義の風潮がはびこるようになり、第二次大戦後国際社会が築き上げた国際協調主義が崩壊の危機に瀕しています。しかし、今回のコロナの問題一つ取っても、まさにこういう時にこそ国際社会は力を合わせて立ち向かわなければならないのではないでしょうか。アメリカのような国は、国土も大きく資源にも恵まれ、いざとなったら鎖国しても生きていける国です。しかし、日本はそうはいかないし、世界のほとんどの国は一国だけでは生きていけません。自国第一主義が多くの場合、戦争につながったことを私たちはもう一度思い起こす必要があるのではないでしょうか。
 ポスト安倍の日本のリーダーに求められるのは、客観的に内外共にこの国の置かれている状況をしっかりと把握し、問題があれば具体的な解決策を提示し、国民の協力を得てそれを実現していくことではないでしょうか。
 最後まであきらめずに頑張っていきたいと思いますので、ご理解とご支援をお願い申し上げます。

2020年8月

 コロナ禍が一向に終息の気配を見せないどころか、むしろ感染者数が拡大する傾向さえ出てきている中で8月を迎えてしまいました。もうこのコロナ騒ぎも半年近くになろうとしています。観光関係はじめ多大の影響を受けておられる皆さまは本当に大変だと思いますが、政府が用意しているあらゆる政策手段を活用していただき、この苦境を乗り切っていただきますよう心からお祈りいたします。
 こんな状況の中で、最近いろいろと考えさせられたことがあります。一つは、これからの日本人の働き方がどうなっていくのかということです。世上よく言われるように、いわゆるテレワークやリモートワークが増えていくのではないかということです。IT化の進展により職種によってはパソコン一つあれば、別に会社に行かなくてもどこでも仕事ができるようになりました。私たちの世代にとっては朝起きてスーツとネクタイに代表される仕事着に着替えて会社や役所に行くことがすなわち仕事であり、また家庭とは一線を画す気分転換の場でもありました。しかし、これはもう古い考えなのかもしれません。会社や役所で書類を読み、作り、会議をするというような仕事は過去のモノになってしまうかもしれません。帰りに職場の仲間と一杯やっていくなどというのも時代遅れになるかもしれません。前々から、テレワークは障害者の方や産休、育休の方に向いた仕事の仕方だとは思っていましたが、健常者にとっても当たり前になってくるかもしれません。しかし、考えてみると、これが経済を活性化させるだろうかという疑問が起こらないでもありません。通勤者が減れば交通機関は収入が減ります。また盛り場のお店は客数が減るのは間違いありません。それに、ずっと家に居るということになると気分転換ができず、けじめがつかなくなってしまうかもしれません。通勤混雑によるロスは減るかもしれませんが、差し引きどうなのでしょうか。それと、副業や兼業が当たり前になってくるかもしれませんね。もう人生の大半を一つの組織に忠誠を尽くすという時代ではなくなるのでしょうね。
 もう一つは一番目とも関係するのですが、東京一極集中が緩和されるかもしれないということです。どこで仕事をしてもいいということになれば、何もごみごみした高い家賃の東京の狭い住居に住む必要はありません。ある程度東京から人口移動が起こる可能性があります。ただし、私見ではこれが大規模に起きるためには最低限3つの条件がクリアされる必要があると思います。それは、利便性、文化・芸術などの娯楽、そして人間関係です。このうち一番目と二番目はそもそも地方に移住しようというような人は東京と同じレベルの満足度が得られるとは思っていないでしょうから、問題にならないと思われるかもしれませんが、初めのうちはそうでも段々とそうでもなくなってくるのではないでしょうか。しかし、百歩譲ってこれはクリアできるとしても、問題は3番目です。これまで東京では地域のコミュニティなどと関わったことのない人が突然地方に移住して地元の人と仲良くなれるものでしょうか。これが最大の難関ではないかと思います。移住する方も、受け入れる方もこれを乗り越えないと、東京一極集中の解消なんかあり得ないのではないでしょうか。

2020年7月

 なにやらコロナの第二波が到来しそうな怪しい雰囲気の今日この頃ですが、いかがお過ごしでしょうか。経路不明の感染者も増えてきているようで、もういつどこで誰がかかってもおかしくない状況なのかもしれません。そういう中で、いわゆるGo To キャンペーンが始められようとしています。コロナで最も打撃を受けた産業である観光業界にとっては待ち望んでいたイベントかもしれません。しかし状況としては正直難しいものがありますし、旅行に行く方も受け入れる方も気を許せない中でのキャンペーン開始になりそうです。経済の活性化とコロナ対策の両立はどこまでやるか、どこで止めるか、誰も答えられない難しい課題ですが、まあとにかくやってみるしかないということだと思います。
 それはともかくとして、政界では次の総理・総裁、あるいは次の総選挙等をめぐっていろいろな動きが出てきています。コロナ前とコロナ後では今後の政局をにらんだ思惑や心づもりも変わらざるを得なくなってしまったように思われます。コロナ対策を巡る政策の混乱やオリンピックの延期(?)で次の総理候補についての思惑に狂いが生じてしまったかもしれません。つまり安倍さんから岸田さんへの移行が必ずしもすんなりとはいかなくなった可能性があります。国会議員、特に当選回数の少ない議員にとって最大の関心事は選挙です。今回の一連のコロナ対応を見て若手の議員がどう感じたかということです。私はもちろん岸田派ですから、岸田総理の実現に向けて最大限の努力をしていきますし、岸田さんは総理にふさわしい人物だと信じています。これからも紆余曲折はあるかもしれませんが、変わらず支えていきたいと思います。
 それにしても、つくづく思うのは、日本人はいつからこんなに人を見る目が無くなってしまったんだろうかということです。派手なパフォーマンスや演技、そして見るからに胡散臭い人にもコロッと騙されることが多くなったような気がします。特に政治の世界ではそうではないでしょうか。ここのところの一連の事件に即して言えば、特に河井夫妻の疑惑などに端的に表れていると思います。そもそも彼がなぜあれほど重用されたのか、選挙に際してもなぜあれだけ優遇されたのか、私にはさっぱり分かりません。私は河井氏と一緒に仕事をしたこともありますが、能力はひとまず措くとしても、彼の人間性には大いに疑問を感じたことを思い出します。今回の事件は、したがって私に言わせれば、さもありなんといったところです。しかし、彼個人が責任を取れば済むというものではありません。今回の件は内閣や自民党まで傷つけてしまったということで罪は一層重いと言わざるを得ません。それにそもそもああいう人間を重用した側にも大いに反省すべき点があると思います。
 パフォーマンスのうまい、すり寄ってくる人間ばかりを重用すると結果はこんなことになってしまいます。国民一人一人が本物を見極める眼力を持つ必要があるし、そうでなければ本当に良い政治は実現できません。
 自分でも今回のこの事件を肝に銘じながら、今後の政治活動にも活かしていきたいものだと思っています。

2020年6月

 緊急事態宣言が解除されてから2週間ほどが経過しましたが、いかがお過ごしでしょうか。
一般にはおっかなびっくりの再始動という感じだと思いますが、東京では、特に若い人たちは、これまでの長期間の在宅生活に対する反動からか、夜間も含めて大勢街に繰り出しているように見えます。若くて体力もあるので、感染しても重症化しないだろうという自信もあるのかもしれませんが、無症状の感染者も中にはいると思うし、その人たちが他の人に移す可能性も大いに考えられます。しかし、このことで感じるのは、人はやっぱり群れたがる生き物なんだなあということです。東京ではアラート(警報)が出されていて相変わらず二桁の感染者が毎日出ています。これ以上拡大しないように祈るばかりです。
 コロナとは直接関係ありませんが、最近私の関心を強く引き付けているのが、アメリカの黒人差別反対運動の高まりです。私自身、以前あの国に二度、合わせて5年ほど生活した経験があります。その時感じたのは、アメリカは誰にでもチャンスのある素晴らしい国だけど、弱者には暮らしにくい国だなあということです。それでも、例えば障害のある人にとっては当時から日本よりはるかに対策が進んでいました。例えば、今では日本でもそうなっていますが、スーパーマーケットの駐車場は入り口に一番近い場所が確保されていて、感心したのを思い出します。しかし、誰にでもチャンスはあるけど、チャンスをつかめなかった人には厳しい社会だなあと思います。そして、やはり、最初からハンディを負って生まれた人にも厳しい社会です。人種的マイノリティはその最たるものの一つかもしれません。
 差別自体は決して容認できるものではありませんが、実は誰の心の中にも差別意識は存在するのではないでしょうか。特に自分たちの存在や仕事が他者から認めてもらえない時にはそれが頭をもたげてきて、憤懣のはけ口を自分たちより劣るか弱い(と思っている)者に向けるようになります。これを無くすために大事なのは何といっても教育です。教育の大きな目的の一つは人間を偏見から解放することなのではないでしょうか。アメリカでも昔から「アンクルトムの小屋」や映画の「アラバマ物語」、「ミシシッピ・バーニング」など人種差別を扱った小説や映画が数多く発表されてきました。それでも、今度のコロナ禍のような事態が起きると人間の差別意識が噴出してしまいます。そしてこれは決してアメリカだけの問題ではありません。人間て、なんと愚かで悲しい生き物なんでしょうか。「アラバマ物語」の主人公のアティカス・フィンチ弁護士は私の子供のころからのヒーローでした。これを機会にもう一度あの映画を見直してみようかなと思っています。
 最後に、間もなくコロナ対策の第二次補正予算が成立すると思います。これは雇用調整助成金の強化や家賃補助等が主な内容ですが、このコロナ禍で大きな経済的損失を蒙られた方々に少しでもお役に立てるようであれば幸いです。
 誰もが苦しい中ではありますが、いかなる時でも他者に対する思いやりや敬意の念を忘れずに生き抜いていこうではありませんか。

2020年5月

 コロナ騒ぎでバタバタしていて、一ヶ月飛んでしまいました。申し訳ありません。
さて、緊急事態宣言が延長されて今月一杯までとなっていますが、事態が少し落ち着いてきているように見えるので、地域によっては近いうちに解除される可能性も出てきました。
この間、影響を受けられた皆さんは大変な思いをしながら日々過ごされていると思います。政府の対策が遅いとか、不十分だという批判はもちろんあると思いますし、政府の外にいる私たちも歯がゆい思いをしていることも多々あります。ただ、このコロナ対策は一過性のものではなくて、もうしばらく続くだろうという前提で、今打ち出されている対策にとどまらず、第二弾、第三弾等々の措置も必要になってくることも想定して対応する必要があると思います。ただ、私が心配しているのは、決まった対策が現場で目詰まりを起こし、迅速に処理されないのではないかということです。どうか市町村の現場の方々には迅速な対応をお願いしたいと思います。
 さて、そんな中で、これから我々はどう生きていくべきか、日本はどこへ向かうべきか、そして世界はどうなっていくのかということを考えておかなければなりません。このいわば戦時体制のような状況が終わった後、未来はどうなっていくのでしょうか。日本では少なくとも当分は、経済は元に戻らないでしょうし、こんなことが起こると、人々は益々お金を使わないで預貯金を増やそうとするでしょう。またテレワークの普及など人の動きが減少して、これも消費を減らす要因になると思います。これまで順調に伸びてきたインバウンドの観光客も当分元の水準には戻らないと思います。
 政治の面では、自国中心主義で行くのか、やっぱり助け合いが必要だと国際協調主義でいくのか、また国内の政治体制としては強権的な政府を選ぶのか、それとも民主主義体制を擁護するのか。私にはまだ分かりませんが、こういうコロナ危機のような時には、自国中心で何事も迅速に対応できる強権的な政府が望ましいと思われる人がいても不思議ではありません。というか、多くの人がそう思ったのではないでしょうか。民主主義は政策決定に時間がかかるし国際協調なんか構っていられないと言われても仕方ないかもしれません。
 しかしそういう動きは、私は危険だと思っています。危機の時にこそ、我々は正気でいなければならないのではないでしょうか。私は、専制政治は望まないし、自国中心主義にも与しません。危機は一時的な危機としてみんなで歯を食いしばって乗り越えるしかありません。
永久に続くわけではありません。
 皆が正気に戻れる日が一日も早く来るように祈っています。

2020年3月

 今月もコロナ一色に塗りつぶされそうな気配になってきました。安倍総理の全国の小中学校・高校一斉休校要請で一層その気配が濃厚になったのではないでしょうか。
この要請については賛否両論あると思います。そこまでやる必要があるのか、休校に伴う様々な問題への対応はどうするのか、いやそのくらいやらないと今の感染拡大の流れは止められないのではないかとか。私自身も実はよく分かりません。
 しかし、問題はこの、よく分からない、という状況の中でこの発表がなされたということではないでしょうか。
 一国の指導者には時に、特に危機対応において果敢な決断が求められるのは当然のことです。またそれをやれなければリーダーの資格はありません。しかし、こうしたいわば強権発動的な決断に際しては、国民の大半が納得できるような説得力のある根拠を示したうえでの説明が伴わなければなりません。独裁国家ならいざ知らず、民主国家においては当然のことではないでしょうか。今回のケースがそうだったのか、大いに疑問です。
 日本は今やこのコロナ肺炎に対する対応で、クルーズ船のこともあり、世界中から注目されることになってしまいました。特に夏のオリンピック・パラリンピックを控え、国家の威信を賭けた対応能力が問われている状況ではないでしょうか。
 またこれに伴う観光産業や運輸業、その他のサービス産業にはすでに影響が出始めていますし、製造業もサプライチェーンの分断による支障が出て来ています。これらの経済対策もこれから本格的に実施していく必要があります。なんでもそうですが、仕組みが複雑になればなるほど脆弱性も高まります。一つパイプが切れると全体が崩壊してしまう危険性が高まります。また、ある特定の分野に依存する率が高まるほど危険性が高まるのは言うまでもありません。今回のインバウンド観光への影響や中国に依存しすぎた製造業の仕組みの脆さはまさにそれを物語っているのではないでしょうか。
 今、我々に求められているのは、まずは感染のこれ以上の拡大を防止する、影響を受けた人や産業に対する支援措置を確立する、そして長期的にはこれまでの産業構造や社会の仕組みをより危機に対して強靭なものに変えていくことではないでしょうか。
 昔、「サルの話」という本を読んだことがありました。これはいわゆるサル学者の人達が様々な種類のサルの生態を観察して得た知見の集大成のような本です。その中で今でも覚えているのは、猿山のボスの条件として、第一に挙げられるのが危機察知能力と危機対応能力だということでした。これがないと他のメンバーの信頼が得られないのだそうです。これを読んだ時、なるほどなあと思いました。
 人間の世界でも同じことが言えるのかもしれません。

2020年2月

 遅くなってしまいました。2月に入って、寒かったり暖かかったりで体調管理が大変だと思いますが、皆様にはいかがお過ごしでしょうか?
先月末から、いわゆるコロナウィルス肺炎が話題になっていましたが、ここにきて日本国内もコロナ一色に塗りつぶされつつあるような状況になってきました。国内でもついに亡くなられる方が出て、また国内での三次感染も確認されたようで、いやが応にも緊張感が高まってきましたし、対策もフェーズを一段と上げざるを得なくなってきたような気がします。
いたずらにパニックに陥る必要は毛頭ありませんが、何しろ有効な治療法、治療薬がない状況ですから、今後は予断を許さないのは間違いありません。
 今回のことで、私自身が感じていることを二つだけ指摘しておきたいと思います。一つはこの国の危機管理に関してです。
ちょうど春節の時期にぶつかり、例年なら観光地はどこも中国人で溢れかえるシーズンです。今だから言えることかもしれませんが、水際対策をもう少し厳しくやっても良かったのかもしれません。国内経済や日中関係に対し行き過ぎた配慮がなかったのでしょうか。あるいは、この感染症の影響を甘く見ていた面はなかったのでしょうか。日本は倍々ゲームのようにインバウンドの観光客を受け入れてきました。またさしたる産業もない地方にとってはあたかも地域振興の切り札のように言われてきました。しかし、これだけ急速な外国人観光客の受け入れには無理もあったはずです。もちろん日本の魅力もあったのでしょうが、この急速な増加の一番の要因はビザの緩和です。日本に来て、日本のことを知ってもらうことの意義について異論の余地はありません。が、お金を落としていってくれればいいという気持ちが、強かったとは言えないでしょうか。
 こうした防疫問題にはもっとクールにそれも対策の逐次投入ではなく徹底的に水際で対処すべきだったのかもしれません。どうも我々は情緒的に反応してしまいがちではないでしょうか。これはお叱りを受けるかもしれませんが、例のチャーター便の運賃問題も、私は個人的には支払ってもらえばよかったと思っています。現にアメリカなども徴収しています。空港が閉鎖されずに民間機が飛んでいれば、当然運賃を支払って帰ってこられたはずです。まあ、それはともかくとして、ことがここまで進んだ以上は国内での医療体制を万全のモノにする必要があります。
 もう一つ感じたのは、こういう衛生・医療の分野でも国際政治の影が見え隠れするということです。WHOの事務局長の対応は中国の意向がどの程度まであったのか、あるいはただ忖度しただけなのか、何もなかったのか、本当のところ私もよく分かりません。しかし、台湾の扱いなどを見るに、やはり少しおかしいと言わざるを得ません。こうしたいわば技術的な分野で、真に国際協調が求められているときにまで、政治問題を持ち出す必要があるのでしょうか。このような事態に際し、国際社会で真に必要とされるのは、協調の精神と誰からも尊敬されるリーダーシップではないでしょうか。

2020年1月

 皆さま明けましておめでとうございます。毎年、今年こそは良い年になりますようにと思いながら正月を迎えるのですが、国際政治の舞台ではなにやら正月早々波乱含みの動きになってきています。言うまでもなく、アメリカとイランの関係です。あの地域に疎い私などにとっては、どうしてトランプ大統領は、せっかくそれまで何とか関係国が苦労してイランの核開発に一定の歯止めをかけていたのに、一方的に合意を破棄してしまったのか、また何のためにそんなことをしたのか、なかなか理解しがたいところがあります。
 イスラム世界の対立の根っこにはスンニー派とシーア派の宗教対立があると言われますが、それは別にしてもアメリカがここまで深入りするのはなぜなのでしょうか?石油に関しては、今やアメリカは原油の純輸出国であり、以前ほど直接的な利害はないはずです。イランの核武装を最も恐れるイスラエルやスンニー派の盟主サウジアラビアのためかもしれませんが、出口の見えないシリア内戦、まだまだ不安定なイラク情勢に対する苛立ち(どちらもイランが関与している)もあるでしょうし、それよりもっと単純に大統領選向けのアピールなのかもしれません。それにしては危険すぎるゲームだと思わざるを得ませんが。日本も自衛艦をあの地域に派遣(調査研究ということになっています)することを決めましたし、年末にはロウハニ大統領と安倍総理が会談したばかりです。しかし、これで一挙に難しい状況に直面することになってしまいました。それにしても、先の読めない世界になってしまったものです。
 話は変わりますが、戦後75年、冷戦終結から30年経って、世界中で民主主義に対する信頼が揺らいできているように思えてなりません。私見では、民主主義というのは国民の大多数が健全な中産階級によって支えられる制度ではないかと思います。逆に民主主義国家では健全な中産階級が育成されていくとも考えられていたはずです。言うまでもなく、民主主義の根幹を成すのは自由と平等ですが、この相矛盾する要素をバランスさせることが民主主義国家運営の肝だったのではないでしょうか。しかし、どうもこのバランスがいつの間にか崩れてしまった結果、生きづらい世界が出現してしまったような気がします。自由や競争が行き過ぎて所得や資産に大きな格差が生じると、極端な平等主義が頭をもたげてきます。自由を制限してでも平等を確保すべきだと思う人が増えてくる、つまり乏しきを憂えず等しからざるを憂う感が蔓延してくることになります。こんな状況の時に専制が生ずる可能性があることを歴史は教えてくれています。それも個人による独裁ではなく、民主的専制(民主主義で選ばれた専制)が。今、民主主義は正念場を迎えているのかもしれません。
もう一つ言えば、政治は次世代のことを考えなければなりません。今の世代の利益だけ考えていては目先の利益誘導に走ってしまいます。気が付けば、次の世代の人達は、こんな国には住みたくないと思ってしまうかもしれません。何も国家存続のためということではなく、次の世代の人達も自信と誇りをもって生きていける国を作っていくのが政治の役割だと思います。2020年、正月の決意でした。

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