のりおの声

2018年12月

 木枯らしも吹かないままに平成最後の師走を迎えることになりました。日本も世界も先行きがはっきりしない中で新しい年に突入することになりそうですね。
 グローバルな資本主義という経済のシステムも、民主主義という政治システムも、先進国であると途上国であるとを問わず、揺らぎ、漂流しかけているような気がします。では、その先に何が待っているのか、誰もはっきりとした見通しが立てられずに困惑しているというのが今の状況なのかもしれません。
 人口問題一つとっても、人類の歴史の中で人口が減少したのは、自然災害による飢饉などで食料が不足した時期に一致しているのですが、今は少なくとも先進国では食料が不足しているわけでもないのに、それどころかカロリーの過剰摂取が問題となっているのに、人口は減少しつつあります。これまでの歴史と経験では説明できない状況が現出してきて、有効な処方箋も書けないままです。
 経済成長の目的は、少なくとも物質的に、人間とその生活を豊かなものにすることのはずですが、ここまで豊かになって果たして人間は幸福になったのだろうかと改めて問い直すのも無駄なことではないような気がします。もちろん飢えの恐怖におびえながら幸福など感じられるわけもありませんが、翻って、物質的にはほぼ満たされた状況になったとして、本当に幸せになったと言えるかというと、疑問符が付かざるを得ません。ただ単に不幸でないことが幸福かと問われたら、首をかしげざるを得ないのではないでしょうか。ましてこれからAI(人工知能)などがどんどん導入され、益々便利?になっていった時に何が起きるのか想像もできません。
 世界の多くの国はまだそんな段階にたっしていないのは百も承知での話ですが、素朴に物質的繁栄を追い求めてきた時代はひょっとすると終わりに近づいているのかもしれません。今の世界の混沌とした状況を見るにつけ、そんな感じを受けてしまいます。
 ではそんな時代に、我々はどう生きていけばいいのか。どの時代でもそんな疑問を感じながら人間は生きてきたのかもしれませんが、今一度その問いを自分にぶつけてみることは無駄ではないように思います。少なくとも私自身は店に買い物に行っても、店員さんはいない、カードかスマホで支払いを済ませるというような町には住みたくないような気がします。が、多分、そんな状況にもすぐに慣れてしまうのでしょうね。そんな自分が怖いな、と思ったりしながら、来るべき未来に残された人生をどう生きていこうか考え始めているところです。
 よいお年をお迎えください。

2018年11月

  早いもので今年も後2ヶ月を余すところとなりました。だから、というわけでもないのですが、この頃、一体これから世界はどうなっていくのか、一段と気にかかるようになってきました。
 例えば、この国会で入国管理法の改正が議論されようとしています。これは目先のことで言えば、労働力不足に対応するために外国人の手を借りなければどうしようもないところまで日本の状況が追い込まれているということです。かなり広い範囲の業種にわたって門戸を開いてほしいという要望が出されているようです。他方で、これが将来の移民の受け入れにつながっていくのではないかということを危惧する意見もあります。日本はこれまで外国人労働者の受け入れに関して制限的に対応してきました。今回の制度が、アジアの途上国の人達は日本になら喜んで来るだろうという態度で、つまり受け入れてやるという態度で対応するものなら、私はうまくいかないだろうと思います。世界の状況は大きく変わっています。韓国や台湾も少子・高齢化に悩んでおり、例えば介護人材の受け入れは日本よりはるかに緩い要件で受け入れています。もう一つ、経済的にも昔ほどの優位性を日本は失いつつあります。途上国の給与水準も上がり、円は安くなっています。日本に仕事をしに来る人たちの経済的なメリットも低下してきています。気が付いたら思ったほど外国人労働者が来てくれないということになるかもしれません。
 移民先進国であるヨーロッパ各国が移民の問題で紛糾しているのは周知の事実ですが、この問題一つとっても、日本として今後どうしていくのか、経済や福祉の確保のために外国人を積極的に受け入れていくのか、甘んじて経済の縮小や福祉の低下を受け入れるのか、覚悟が問われるのではないでしょうか。
 より長期的には、AI(人工知能)やロボットの利用が進展してくれば、やはり仕事を失う人が出てくる。ある分野で失業したら別の分野で働けばいい、産業革命の時もそうだった、という意見もありますが、今度は状況が違うと思います。産業革命の後、例えば馬車が自動車に置き換わった。その時は、御者は運転を覚えてタクシーの運転手になればよかった。今度は、簡単に転職はできません。つまり人間が産業革命後の馬と同じ立場に立たされるということだと思います。しかし、人間ですから失業しても食べていかなければなりません。失業手当を長く支給しなければならなくなるかもしれません。しかしそのための予算はどうやって手当するのか、原資をどこに求めるのか。そう遠くない将来にこうした事態が起きる可能性があり、今から対応を考えておく必要があるのではないでしょうか。
 そのほかにも米中の貿易問題とか、米露の中距離核ミサイル削減条約の破棄問題とか頭の痛いことばかりです。各国がエゴをむき出しにするようになれば、これまで曲がりなりにも保たれてきた世界の微妙なバランスは崩壊してしまいます。今、世界はその瀬戸際に立たされているような気がして仕方ありません。
こんな状況の中、平成の世もあと半年で終わろうとしています。

2018年10月

 何やかやとバタバタして遅くなってしまいました。気がつけばすっかり秋めいて、この頃では肌寒い日もあったりしますが、皆さまにはお変わりありませんでしょうか。
 さて、政治の世界では自民党の総裁選挙も終わり、結果はご承知の通りでしたが、既に新内閣も発足し、秋の臨時国会もまもなく開かれることになると思います。しかし、日本の政治もさることながら、注目すべきは来月予定されているアメリカの中間選挙です。今のところ、大方の予想では上院は共和党がかろうじて過半数を維持し、下院では民主党が多数を占めるのではないかということです。そうなるといわゆるねじれ現象が起きるわけですが、これはトランプ大統領にとっては、議案や法案が簡単には通らない難しい事態が現出することになります。それでなくともいくつものスキャンダルやら人事のゴタゴタやらでふらつきながらの運転を余儀なくされているのに、一体どうなっていくのでしょうか。
 それと、以前にも書きましたが、やはり気になるのは貿易の問題です。米中の関係はまだ深刻なところまでは行ってないのかもしれませんが、長引けば両国の経済のみならず世界経済に深刻な影響を与えかねません。日米の貿易問題もこれからですが、アメリカからは厳しい要求が付きつけられることは想像に難くありません。これでしかし、日本と中国が経済的に急接近するかと言えば、その可能性は無くもありませんが、私自身は慎重な見方をしています。短期的な利害だけで反応すると、長期的には禍根を残すことになるのではないでしょうか。ここは一つ踏ん張って、やはり自由貿易体制の維持を主張し続けるしかないのではないでしょうか。貿易戦争じみたことを続けていれば、いずれ当事国の国民が音を上げることになると思います。つまり誰も幸せにならない結果しか生み出さないのではないでしょうか。心ある人達はみなそのことが分かっているはずですし、最後は良識に期待したいと思います。
 それにしても、いつから世界はこんなことになってしまったのでしょうか。
先日、「アメリカン ヒストリーX」という20年ほど前に公開された映画をDVDで見ました。主人公は元ネオナチで白人至上主義者。殺人を犯し、服役中の刑務所内での体験を通じ、人種差別や独善の無意味さに目覚めていきます。悲劇的な結末も用意されていますが、日本で暮らしたこともある主役のエドワード・ノートンの圧巻の演技とも相まって、私にはアメリカの持っている健全さと良心を再認識させられる映画でした。
 人間、あえて利他的になる必要はないと思いますが、利己主義、自己中心主義だけでは人は決して幸福にはなれないのではないでしょうか。
 秋を迎えた今、ふとそんなことを考えさせられる今日この頃です。

2018年9月

 今年の夏の暑さは、それ自体が災害と言っても過言ではありませんでした。加えて、大雨や台風そして北海道の地震と、どうして日本列島はこんなにもいじめられないといけないのかと思わせられるようなひと夏でした。
 また、自然界のことは別にしても、スポーツそれもアマチュアスポーツの世界で次から次へとあまり爽やかでない事案が続出しました。女子レスリング、日大のアメフト部、ボクシング、女子体操とよくもまあこれだけ噴き出してきたものだと思いませんか。
しかし、どれ一つ取っても問題の根っこは同じような気がして仕方ありません。つまり、共通しているのは、どの組織もトップの座にいる人達が長く居座っているということではないでしょうか。ご本人たちはもちろん何もやましいことはしていないと思っているでしょうし、誰からも注意されることもなかったのだと思います。周りも多少おかしいと思ったとしても、触らぬ神に祟りなしなのか、長いモノには巻かれろということでなあなあで済ませてきたのではないでしょうか。それが何かのきっかけで問題が噴出して表沙汰になってしまったというのが真相だと思います。
 しかし、この問題は何もスポーツの世界に限ったことではありません。私にはこの国全体で、いろんな組織や制度が同じ病弊に苛まれつつあるような気がして仕方ありません。組織の風通しの確保や制度の時代の変化に応じた不断の見直しが要請されるのは言うまでもありません。が、どうも今の日本社会を見ているとそれができているようにはとても見えません。組織も制度も劣化していっているのかもしれません。なんとなく、今度の一連の出来事を見ていてそんな風に感じたのは私だけでしょうか。そんな中でも若い世代が勇気を振り絞って表に出てきてくれたことに一筋の希望の光を見た気がします。この国もまだまだ捨てたものではありません。もう若い世代に未来を託す時機なのかもしれませんね。
 アジア大会での若い人たちが上げた素晴らしい成績、また大谷翔平や錦織圭、大坂なおみなどの活躍には日本人全体が感動と勇気と希望をもらったのではないでしょうか。

 時あたかも自民党の総裁選挙が始まりました。今後3年間、日本のかじ取りを誰にゆだねるのかを決める選挙です。党員以外の方も是非関心を持って見守っていただきたいと思います。これからの3年間は今後のこの国の行方を大きく左右する3年間になる可能性が大きいと思います。内政・外交ともにひょっとすると大きな転換点を迎えることになるかもしれません。
党員の皆さまにはなにとぞ賢明なご判断をお願いする次第です。

2018年8月

 これはもうそれ自体が災害と言ってもいいくらいの暑さが続いていますが、皆さまはいかがお過ごしでしょうか。こんなに暑いと、屋外に限らず様々な分野での活動に大きな支障が出てきます。最近豪雨による災害が多いのも気になるところです。
 かつて、シンガポールのリー・クアンユー元首相が、シンガポールが経済発展できたのはエアコンのおかげだと言ったと何かで読んだことがありますが、暑さのために人間の活動が鈍るというのは事実だと思います。確かにエアコンの導入以前に熱帯地域で経済発展を成し遂げた国はなかったかもしれません。科学的な根拠はよく分かりませんが、明らかに実感として温暖化が進行しているような気がします。
 そういえば「地球が静止する日」という映画がありました。これは人間がこの星(地球)の自然環境を破壊し続けており、この星を守るためには人間を抹殺するしかないと、宇宙人が地球を侵略するという話でしたが、破壊しているのが人間であることに間違いはありません。宇宙人のことはともかくとして、我々が取り組むべきは実はこの問題なのかもしれません。

 話は変わりますが、先般久しぶりでヨーロッパへ海外視察に行ってきました。実を言うと、私が初めて外国の土を踏んだのはパリでした。もう45年ほども前のことですが、その時の感激は今でも鮮やかに記憶に残っています。今回、何回目の訪問だったのかは数えていませんでしたが、もうあの時のような胸のときめきはありませんでした。少し悲しい気もしました。
 それはともかくとして、ヨーロッパは歴史上幾多の戦火をくぐりぬけてきました。30年戦争のようにヨーロッパの人口の三分の一が亡くなるという惨事や、国民国家が成立してからでも普仏戦争をはじめ、一千万人以上の死者を出した第一次世界大戦など、ほとんど絶え間ない戦争に明け暮れた時代が続いてきたわけですが、そうした悲劇を繰り返さないためにヨーロッパ統合の機運が生まれ、結果、今日のEUの成立を見たところです。
 そのヨーロッパが今また揺らいでいます。今回の視察でも、現地の人達の話を聞くと、イギリスのEU離脱により、ヨーロッパに地殻変動が起こりつつあるような印象を受けました。経済の面一つとっても、例えばヨーロッパの金融の中心がそれまでロンドンだったのが、ルクセンブルグやフランクフルトに移る可能性を指摘していました。また、トランプ大統領の対ヨーロッパ政策も大きな影響を与えつつあります。ヨーロッパの今後の行く末からは目が離せないように感じましたし、ナショナリズムが再び台頭してきた時に、どのように平和を維持していくのか、翻って我が国もアジアそして世界の中でどう立ち振る舞っていくべきなのか参考とすべき点が多々あるように感じた次第です。

2018年7月

 東京は6月中に梅雨が明けてしまい、このところ連日30度を超える日々が続いています。この調子だと今年の夏はどうなることかと、人一倍暑さに弱い身としては気になるところです。若いころは夏といえば山よりも海や川の方が好きだったのですが、この頃は年を取ったせいか涼しい山の方に惹かれるようになりました。
 さて、日本中を沸かせたサッカーのワールドカップも、日本チームはベルギー戦の善戦を最後に姿を消し、夏が来る前に夏が終わってしまったかのような感がありますねえ。いろいろありましたが、とりあえずは日本チームの健闘を称えたいと思います。
 ところで、世界の政治経済の動きは激しさを増してきています。北朝鮮と米国は本格的な協議を始めようとしていますし、トランプ大統領の保護貿易主義的な動きは世界経済にとって現実の脅威となりつつあります。中国の知的財産権の侵害に対する制裁関税はこの6日にも発動されることになっていますし、欧州と米国の間でも、先般のハーレイダヴィッドソン社のオートバイの生産拠点の米国外への移転など、経済が政治に振り回される状況が顕著になってきました。報復関税の打ち合いなど世界貿易に負の連鎖が起きる恐れが強まってきていると言ってもいいかもしれません。これは日本も直接影響を受ける自動車産業等はもちろん、中国などへの部品供給に携わっている日本企業も多く、間接的な影響も大きいと言わざるを得ません。また、イラン問題への米国の対応の変化による原油高も無視できない状況になりつつあります。
 日米の間では、最早アメリカがTPPに再加入することなど期待できず、早晩二国間協議を始めるように圧力がかかってくることを覚悟しなければならないでしょう。これまで、日米間では少なくとも建前上は貿易と安全保障の問題は切り離して論じられてきましたが(実際にはそうでもなかったと思いますが)、トランプ政権では同じまな板の上に乗せられると思った方がいいかもしれません。まして、米朝関係が改善され、東アジアの緊張緩和の方向に進めば、一層その傾向は強くなると言って差し支えないかもしれません。
 日本は、自国の安全保障(ここでは何も軍事力のことだけを言っているわけではありません)を、自分で考えて、自分で対処することを戦後初めて求められることになるのではないでしょうか。その意味で、トランプ大統領の誕生は日本にとっても歴史上の大きな転換点になったと、後世語られることになるかもしれません。個人的には、これはむしろ我が国にとって、主体的な外交、安全保障政策を考える大きなチャンスではないかと思えるのですが。
皆さんはどう思われますか。

2018年6月

 6月に入り、国会も予定では余すところ残り半月ほどになりましたが、どうも延長されそうな雰囲気も出始めています。
 外では12日に予定されている米朝首脳会談の行方が大いに気になるところですが、私には何故か少し危なっかしい予感もします。一回で終わるのかどうかは分かりませんが、あまり前のめりにならずにきちんと話を詰めていってもらいたいものだと思います。
その前にサミットも開かれますが、アメリカの保護主義的な貿易政策が次々に打ち出されてくる中で、戦後の世界経済の発展を支えてきた自由貿易体制に軋みが出始めていることを大いに危惧しています。各国が保護主義的な対抗措置を取り始めたら、経済面はもちろんのこと、世界の平和と安定にとって大きな脅威となりかねません。アメリカの国内的な政治情勢もあるのでしょうが、ここは原点に立ち返って、なぜ第二次世界大戦が起こったのか、そして二度とあの惨禍を繰り返さないために、戦後、国際社会が英知を集めて自由貿易、国際金融制度を作ったのかを今一度思い返す必要があると思います。アメリカが中心となって担ってきた役割を果たすのが難しくなってきたというのであれば、国際社会が一丸となってそれに代わるシステムを再構築しなければなりません。それを話し合うのがG7でありG20ではないでしょうか。日本は先頭に立ってそのことを提唱すべきだと思います。
 さて、内では相変わらず森友、加計問題が国会での話題の中心です。もう飽きたという方も大勢おられるかもしれません。私もこういう問題は早くケリをつけるべきだと思っている一人です。しかし、この問題はもういいじゃないかと適当に幕引きをすればいいというわけにはいきません。いずれも真相がはっきりしないモヤモヤ感が付きまとっています。
適当に済ませられないのは、それが政治や政府に対する信頼の問題に関わっているからです。今後の展開は私にも分かりませんが、一度失われた信頼を取り戻すのは容易なことではありません。
 日本は今後、少子化、高齢化、地方の過疎化、公共施設の老朽化などお金がかかり、担い手が減っていくという厳しい現実に直面せざるを得ないなか、場合によっては国民の皆さんにある程度負担を強いる場面も想定されます。
 そんな時、国民の理解と納得が得られるかどうかは時の政治や行政に対する信頼感にかかっていると言わざるを得ません。
 今回の一連の出来事を通じ、政治家や行政官は今一度襟を正して、誰のために、何のために仕事をしているのか、反省と自覚が求められていると強く感じた次第です。

2018年5月

 長かった連休も終わってみると、あっという間だったような気がしますが、いかがお過ごしだったでしょうか。私も少しばかり骨休めをさせていただきました。と言っても何をするでもなく、本を読んだり、DVDを見たり、音楽を聴いたりの日々でした。
 さて、何といっても今一番気がかりなのはやはり北朝鮮のことではないでしょうか。南北首脳会談が成功裡に終わり、一挙に宥和ムードが高まったのは間違いないと思います。問題はこれからです。ムードだけで外交はできません。冷静に和平の具体化を進めていかなければなりません。外交とは何のためにやるのかといえば、それぞれの国が国益を最大化するためにやるわけです。もちろん相手のある話ですから全部思う通りならないのは当たり前のことです。ある国が対外的にある行動を取るのは何故なのか、その行動の理由は何なのか、ほとんどの場合、いや総て国内的な要因に基づいていると言っても間違いではないと思います。今度の場合、北朝鮮は経済的に相当窮地に立たされているのでしょうし、韓国は文大統領の国内政治上の立場の確立があるでしょうし、中国は今の北朝鮮の体制が崩壊してはこまるでしょうし、アメリカだってイラン問題も抱えながら北朝鮮とことを構えることは避けたいはずです。崇高な理念などは後から付け足せばいいのではないでしょうか。では、日本はどうか。対北朝鮮では拉致という大きな問題を抱えているわけですが、実のところあまり攻める材料がないというのが正直なところかもしれません。
 古来、朝鮮半島をめぐる問題は日本外交、言い換えれば日本の国益を守る、あるいは伸長する上で常に中心に置かれてきた問題だったと言ってもいいと思います。特に明治維新以降、日清、日露の両戦役はもちろん、朝鮮半島をめぐる争いでした。その後調子に乗りすぎてしまったことは周知のことですが。
 南北の統一がすぐに実現するとは思いませんが、それでも、少なくとも短期的には、敵対から友好関係の強化に向かうのは間違いないでしょう。そして南北の結束を図りやすいのが、対日本との関係においてであるという厄介な事態が想定されます。そのとき日本はどういう行動をとるのか、戦後日本外交の最大の正念場が間もなくやってくると思います。どうすれば東アジアの新しい国際関係の枠組みの中で孤立せずにやっていけるのか、終戦後や冷戦時代のマインドを捨てて、自分で考え自分で行動する必要に迫られることになるのではないでしょうか。
 私自身は、新たな経済関係の枠組も含めて共存共栄の道を探るしかないのではないかと思うのですが、なまやさしいことではないでしょう。人間、恩はすぐに忘れますが恨みはいつまでも忘れないものですから。粘り強く対応していくしかないのかもしれません。
 最近の北朝鮮をめぐる動きを見て、そんな風に感じた次第です。

2018年4月

 今年は例年になく早く桜も開花し、もう葉桜になってしまいました。国会では森友問題等への対応もあって、花見に行く暇もなく春が過ぎ去ろうとしています。森友問題で佐川前国税庁長官の証人喚問と時期が重なったこともありましたが、あの証人喚問のテレビを見て私の頭の中にとっさに浮かんだのは、井伏鱒二が唐代の詩人于武陵(于武陵)の漢詩「勧酒」に付した訳の後半部でした。つまり「…花開けば風雨多し、人生別離足る」ですが、井伏はこれを「花に嵐の例えもあるぞ、さよならだけが人生だ」と訳しています。
 なぜこんな詩が思い浮かんだのか、自分でもよく分かりませんが、多分、佐川氏が刻苦勉励の末に役人としてはトップにまで上り詰め、それがついこの間のことなのに、国会に証人喚問されるということになってしまった。一体自分の役人生活、というか人生そのものが何だったのだろうかという感慨はなかったのかなあと思ったからです。
 もう一つ考えさせられたのは、あのテレビを見て国民がどう感じただろうかということです。役人はやっぱり悪いことをするものだと思ったか、本当に自分の一存でやったのだろうかと思ったか。いずれにしても政府に対する信頼を損ねたということに変わりはないのかもしれませんが。
 そうこうしているうちに、今度は防衛省でイラク派遣部隊の日報の隠蔽?問題まで飛び出してきました。しかも、一年以上も前に分かっていたのに大臣に報告すら上がっていなかったというのですから、何をか言わんやです。善意で推測すれば、当時は南スーダン派遣部隊の日報が問題になっていたので、イラクの件は報告を怠ってしまったというところなのでしょうが、それにしても全く報告してなかったというのは理解に苦しみます。
 以前は、日本では政治に少々問題があっても、霞が関がしっかりしているから大丈夫だと言われたりしたものですが、今やその官僚機構の屋台骨まで揺らぎ始めているように見えます。
 怖いのは、こういう不祥事(個人ではなく組織の)が続くと、国民の政府に対する信頼が低下し、その結果、政府が打ち出す政策に対する国民の理解が得られなくなるということです。国民に負担を求める政策については特にそうだと思います。これは実は民主主義の根幹に触れる問題だと言っても過言ではないでしょう。民主主義は主権者たる国民と自分たちが選んだ政府の信頼関係の上の成り立っている制度です。
 この関係が崩れたら、誰が痛みを伴うような政策に賛成するでしょうか。
今回の一連の問題について私が最も恐れるのはそのことです。一度信頼関係が損なわれたら、それを回復するのは容易なことではありません。今、私たちは日本の戦後民主主義の大きな危機に直面しているのかもしれません。
 しかし、北朝鮮をめぐる外交や国際経済も予断を許さない状況の中で、立ちすくんでいる場合ではありません。気を引き締めて立ち向かっていきたいと思います。

2018年3月

 今日(6日)は二十四気の一つ啓蟄だそうです。春を待ちわびた虫たちが土や木の中から這い出して来る日ですね。まだまだ三寒四温の日々ですが、心なしか日差しの中に春の雰囲気が漂ってくるようになりました。
 ピョンチャンでのオリンピックが終わってまだ間もないのですが、正直始まるまでは、私自身は、冬季オリンピックかぁ、程度の関心しかなかったのですが、日本選手の大活躍もあり、大きな感動と興奮を与えられました。良かったですねぇ。選手の皆さんは本当にご苦労様でした。
 ところで、国会の方では、今私が与党側の筆頭理事をしている財務金融委員会でも、例の森友の決済文書問題の余波を受けています。文書の存在の真偽のほどはまだよく分からないのですが、問題は、誰が、何のために、このタイミングでマスコミに漏らした?のか、ということです。この森友学園の国有地売却問題については現在大阪地検で捜査が進行中ですし、財務省が調査するにしてもなかなか思うに任せないのが実情ではないでしょうか。
 しかし、この問題が重要でないとは言いませんが、国の予算やそれを執行するための法案の処理など、与党も野党も政治の原点に立ち戻って国政の重要課題に取り組むべきだと私は思うのですが。
 それはそれとして、最近つくづく感じるのは、霞が関の官僚機構が少しおかしくなってきているのではないかということです。組織を組織として成り立たせている肝は何といっても人事です。よく縦割りの弊害とか言われますが、どこの組織も縦割りです。縦割りの組織同士が競い合って他の組織よりも良い政策を打ち出そうとします。そして、組織内では個人個人が切磋琢磨して、自分の意欲と能力を発揮しようとして組織は活性化していきます。その源泉となるのが、組織内で自分がいかに評価されるかという人事の問題に行きつきます。
何らかの理由で組織外の人が自分を評価するようになったり、意欲や能力以外の要素で人事が左右されるということになると、本来その組織の持つ活力が削がれたり、そこに所属する個人も目を向ける先が変わってくることになります。
 霞が関は多分、日本で最も優秀なシンクタンクだろうと思います。そこで働く人たちの意欲と能力を最大限に発揮させてこそ、この国の行政のみならず、政治も活性化していくのではないでしょうか。もちろん反省すべき点も多々あろうかと思いますが、長く続いた公務員バッシングや、所属する組織外からの人事への介入によって、霞が関の官僚がのびのびと仕事ができなくなっているとすれば、これ以上の国家的損失はないのではないでしょうか。
 私自身の経験も踏まえ、もう一度彼らの持てる力を最大限発揮できるような環境を整えることが、今の日本にとって急務であるような気がします。

2018年2月

 立春も過ぎたというのに大変な寒さで、インフルエンザも猛威を振るっているようですが、お変わりありませんでしょうか。
 国会の方は予算委員会の議論が佳境に入り、来年度予算の成立に向けて準備が進みつつあります。予算委員会が終わりますと、それを裏付けるための法案審議が始まります。私自身は財務金融委員会の与党側の筆頭理事として、委員会で税法等の審議が円滑に行われるように調整する役割を仰せつかっています。これからがいよいよ本番となります。
 ところで、そうした中、あと数日でお隣の韓国のピョンチャンで冬季オリンピックが開催されます。韓国と北朝鮮が女子アイスホッケーで合同チームを組むなど話題には事欠きませんが、正直言って今一つ盛り上がりに欠けている感は否めません。もちろん日本選手の活躍には大いに期待するものですが、何か今度の大会はあまりにも政治利用されすぎているような気がして仕方ありません。
 北朝鮮は、韓国側の弱み、つまりこのオリンピックを成功裡に終わらせたいという強い気持ちと、南北連携の象徴にしたいという熱意の足元を見ているような気がしますし、また同時に北朝鮮を世界にアピールする機会として利用しようとしているように思います。
 スポーツの祭典なのだから、うるさいこと言わずに素直に楽しめばいいではないかとの意見もあるかもしれませんが、ちょっと胡散臭いなあというのが私自身の素直な感想です。
オリンピック、パラリンピック後の北朝鮮情勢については予断を許しませんが、アメリカもトランプ政権は国内で様々な問題を抱えており、それだけに外に目をそらさせようとする衝動に駆られる可能性も否定できません。日本は万が一の事態が起こらないように関係方面に働きかけていく必要があると思います。
 異論があるかもしれませんが、日本も戦前は外の世界からは今の北朝鮮と似たような印象を持たれていたのかもしれません。そしてあの無謀とも言える戦争に突入し、悲惨な経験を強いられることになりました。祖国のために一命を捧げられた多くの犠牲者には心から敬意と感謝と慰霊の念を抱くものではありますが、同時にあのような事態を繰り返してはならないという覚悟も新たにしなくてはいけないと思います。今日、我々が平和に幸福に暮らしていられるのも、あの方々の尊い犠牲の上に成り立っているのだということをしっかりと受け止めるのが我々の責務ではないでしょうか。
 そういう経験を経てきた日本だからこそ、何があろうと戦争だけは絶対に避けなければいけないと訴える資格があるのだと思います。

2018年1月

 新年、明けましておめでとうございます。
昨年は、突然の解散・総選挙があり、区割りも変わって新選挙区での選挙となりましたが、おかげさまで皆様方の大変なお力添えをいただき、無事六度目の当選を果たすことができました。改めて厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。
 ただ、投開票日当日の10月22日は21号台風に直撃されまして、選挙どころではなく、床上、床下浸水や土砂崩れやらで、選挙区内でも被害を受けられた方も大勢おられて、私も選挙翌日から被災地の視察や、激甚災害指定の要望やらで忙しく走り回ることになりました。被害を受けられた方々には心からお見舞いを申し上げる次第です。
 さて、年が改まりまして、今年は戌年であります。戌という字は滅びるに通じる意味があるのだそうですが、これは旧いものが滅び、新しいものが生まれることを意味するのだそうです。それが何なのかはまだ分かりませんが、今年は何かが起こりそうな予感もします。
 経済は、日本ばかりでなく世界的にも順調に推移しています。日本でも、株価や有効求人倍率(逆に失業率は2.7%まで低下)は高い水準に達し、いざなぎ景気(1965年〜70年)を超える景気拡大局面が続いているそうです。東京ではプチバブル到来とまで言われていますが、どうも実感に乏しいのはどうしてでしょうか。もちろん給料がどんどん上がって、自動車や電化製品など欲しいものをみんなが買った時代とは違います。人件費が半ば変動費となってしまった今の時代、給料は少々景気が良くなってもそれほど上がりません(ただ、そう遠くない将来に、人手不足で上げざるを得なくなると思いますが)、そして何よりも、いざなぎ景気のころと違って、どうしても欲しいモノがそんなにない、ということが大きいのではないでしょうか。その点、50年前のいざなぎ景気の頃のこの国の状況と比較してみてもあまり意味がないのかもしれません。
 日本はもう明らかに成熟国家の仲間入りをしています。ただ、残念ながら成熟社会にふさわしい生活環境やライフスタイルが整っているか、国民の間に浸透しているかというと疑問符がつかざるを得ないと思います。自分でもそうですが、昔はこうだったと若い人に言ってみたところでなかなか通用しません。まずは自分の意識が変わらないといけないのかもしれません。日本は、欧米と違って、戦後の数十年間で高度経済成長から成熟への道を足早に歩いてきました。走ってきたといっても過言ではないかもしれません。
 日本が持続可能な成熟社会に進路変更できるように、今年一年力を尽くしていきたいと思います。
 また、朝鮮半島では南北会談が始まります。単なる時間稼ぎにならなければ良いのですが。

 今年一年が皆さまにとりまして幸多き年になりますようにお祈りもうしあげます。

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